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式神の見えない野武士は、急に暗くなった空を見上げおろおろしているが、その無防備な口の中に狸は無理矢理飛び込んだ。
「強引だな」
「持ち物に痕跡がないってことは、体内に何か残したのかと思うからな。ちょっと大きさは考えてなかったが…まあ大丈夫であろう」
おおぐちを開けてもがき苦しむ野武士を見ながら、吉定とユキが立っている脇で、和尚たちは申し訳程度に念仏を唱えている。それほど経たないうちに、野武士がひどく咳き込み、なにかを吐き出すと同時に、手足を地面につき四つばいになった。
「出たな」
ユキが見るほうには、人のように二本足で立つ狐が真っ赤な着物の裾を翻してふわふわと飛んでいる。しかし着物は破れ、毛並みも乱れておりなんとも不憫だ。和尚らも、もののけは見えるので、「ああ…」と同情するようにため息をついた。
「おう、中に入ってどうするつもりだったんだよ。自分で化けて他のやつをたぶらかすほうが、よっぽど良いんじゃねえの?」
ユキの問いかけに、狐はひとのように着物の裾を直しながら、不服そうに言う。
「だって……好みだったんだよ。ちょっと声かけて尻尾で顔を撫でたら、鎌で切りかかってくるなんてあんまりさ!悔しいけど、まだ諦められないから枕元で気持ちをささやいてただけなのに」
「ああ……なるほど」
どうやら本当にたぶらかすつもりだったらしい。それを吉定から伝えられた野武士も、不思議そうな顔をしている。
「そうは言っても、狐と人間とではうまくやっていけるものではない。ここは引いて、山に帰るのが良かろう」
「いや」
「なら退治するぜ」
「いやー!」
にげようとする狐をユキが追いかけるが、一歩はやく狐の尾をつかんだのは野武士であった。
「ん?」
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