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ユキと吉定のはなし(3)
吉定が屋敷に逗留してしばらく経つ。先日まで戦続きで剣呑としていた空気はどこへやら、拍子抜けするくらい穏やかな日々が続いた。昼すぎの縁側で、吉定とユキは並んで座り山を眺めている。
「なんかなあ、こうしてる間に、夏になるんじゃねえの」
「うむ……次郎様の恋心は、熱さを通り越していくらか落ち着いてしまったようだが……」
次郎はずっと、出家した姫のもとへ通ったり、使いを遣って思いのたけをぶつけていた。しかし姫の反応は悪からずも、次郎は逆に、戦乱の世で姫を手元に引き寄せても苦労をさせるだけと考え、最近は通うのを控えている。姫の様子を見に行ったユキは、彼方を見ながら次郎が来るのを待ちわびている姫の様子を吉定に伝えた。
「ありゃあ、若への義理立てだけじゃあねえな。ちょっと機会を逃しちまったら、いざ自分から言えねえってやつだ。そうしたら次郎は姫に苦労はさせたくねえから、武家筋から嫁を取る話も受けようかって言い出したしよ」
「武家筋から……もう話は進んでるのか」
いや、とユキは首をふる。
「当主も、家柄と年齢を考えても姫ならってことで、他家の話は保留にしてたからなあ。さてどうするか……ああ」
そこでユキは、懐の護符を取り出した。
「色恋なら、女のほうが適任だな。おい、聞こえるか?借りを返してもらうぞ、そら」
ユキは護符に包まれた稲穂のような獣の毛をつまみ、ふぅっと息を吹き掛けた。すると毛は舞い上がり、空中でぴたりと止まったのち、その場で小さな竜巻を起こした。
「やだ!急に呼び出さないで!もう!」
竜巻の中から現れたのは、着物をたすきがけにして頭巾を被り、頬を炭で汚した狐女である。
「あ、仕事中か、わりいな」
「そうだよ……お昼はかきいれどきなのに、まったくもう」
野武士と夫婦になった狐女は、飯屋を始めたらしく、なかなか繁盛しているとのことだ。少ししたのちにまた呼び出す旨を伝え、ユキが術を解くと、狐女はたちまち姿を消し、1刻ほどたったのちに、庭の奥から何食わぬ顔で現れた。
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