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昼前だが、薄曇りの天気。そして木立の中でそれは人々の目から巧妙に隠れて、そのまま矢をつがえた。
「……吉定っ!!」
ユキが叫んだ。だがその声より一瞬早く、吉定は馬の腹を蹴り次郎の前に出ていた。矢はそのまま真っ直ぐ飛び、吉定の喉元を斜めに射た。
どう、と大きな音をたてて吉定は落馬する。悲鳴は次郎の近くにいた歩兵からあがり、伝播していくとともに、何名かは狼狽して列から離れ林のなかに逃げこんでいった。
次郎は動揺し、馬から降りると震える手を吉定に添え、血にまみれた上半身を仰向けにし、ひきつけたような声で懸命に吉定の名を呼んだ。
「よ……だ……どの……」
ユキは呆然としたまま、中空よりそれを見る。吉定の喉はひゅうひゅうと息をもらし、すでに何も喋れない。
「吉定……」
かろうじて声を出したユキを、吉定はうつろな目で探した。まだ命が消えていないその目を見て我に返った次郎は、周囲のものに毅然と命令する。追え!という言葉により一行があわただしく動き出した時、突如現れた雨雲がその動きを封じた。雷雨は木立の中で霧のように視界を遮り、先ほど矢をつがえた小柄な影の存在を無くしていく。
(……ユキ……ありがとうな……)
声にならない言葉を受け取り、ユキは首を横に振る。その手には護符が握られていた。雷雲を操る式神の降らせた雨はあたり一面を水浸しにし、曲者を追いかけていく歩兵も馬も、ぬかるみに足を取られて転んだりと、それほどの時間もかからずに一行の士気を欠くには充分であった。
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