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矢を射った者にはすでに追い付けないくらいの時間が経った頃、雨雲はようやく晴れた。
「吉定殿……あなたは敵を逃すために雨雲を……」
次郎は悲痛な顔で吉定を見ている。吉定はかろうじて視線を次郎と、そしてユキへ向けた。
「……吉定、お前に矢を射った子供は逃げたぞ」
吉定はホッとし、目を瞑った。吉定を乗せていた馬は、ぬかるみの林道を抜けて、そのままどこかへ行ってしまったようだ。子供が乗っていったのかもしれず、逃走の助けになればという吉定の考えを読んでいたユキは、呆れたように言う。
「ほんとにお人好しだな」
(子供に罪はない……あるのは、そう行動するよう駆り立てた大人の罪や)
ユキは、吉定をじっと見た。
(どちらにしろ、俺はこうなるよう定められていたんや……すべては星の……天の定める通りに……)
吉定は自らの星回りを思い浮かべ、空に問う。かすかに指を動かしなにか思案したあと、ユキに伝えた。
「─20代目……?」
吉定は『そうだ』と答える。
「……20代あとの子孫、ってことか?500年以上先じゃねえか」
ユキは涙をこらえ、吉定に問いながら自分でも計算をする。
(星の巡りは、俺がそのときに、子孫の体を借りて生まれ変わりとしてユキの前に姿を現すことになると告げている……)
「生まれ変わり……」
(また、現世で会えるかもしれんな……ユキがもし……待っていてくれるのなら……)
吉定の念はすでに霞のようだ。だがユキは最後の願いを聞き漏らさんと、吉定の冷たい指先を握る。
「冷たい……」
ユキはひとりごちる。
「俺は暑さや寒さは感じないが、吉定の体がもう亡骸となって、冷たいのはわかるんだ」
ユキの目から、再び涙がこぼれ落ちた。
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