ユキと吉定のはなし(5)

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ユキと吉定のはなし(5)

「おきろ───っ!」 寺の一室に、ユキの声が響く。といっても、篠目家以外のものにはその声は聞こえない。 「うーん……ユキ、もうちょっと寝かせてよお……」 もぞもぞと動く寝具からは、子供が眠そうな声で返事をしており、ユキは腕組みをしてそれを見下ろしていた。 「駄目だ。今日から草太と一緒に修行するんだろ。何事も最初が肝心なんだからなあ、ほら、さっさと起きて支度しろ」 「えー、父上は徐々にって言ってたのに……」 「草太は優しいからなあ。しかしだ、7歳にもなれば、もう病気もしなくなる。ここで甘えず修行に励むことで、より強い男として生きていけるってもんだぞ」 「えええええ……」 やり取りが聞こえたのか、部屋に人影が入って来た。やや大柄な女性は30過ぎ、細い目元が落ち着きを感じさせる。 「おや、寅吉。まだ起きていないの。早くしないと朝食を下げますよ」 「母上ぇ……」 物資の少なくなってきた中で、寺の畑でとれた野菜で用意された食事を無駄にするわけにはいかず、寅吉はしぶしぶ体を起こした。 草太は、願然和尚の寺にそのまま残り、時折陰陽師の仕事をしつつ、町人のふりをしながら暮らしている。寅吉は草太とせつの間に生まれた一人息子だ。
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