My Sweet Teddy bear

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 ハルカは、俺が在籍しているバンドのギタリストだ。  正確に言うと、専属のギタリストではなく、ギターをメインにしているが、場合によってはキーボードを兼任している、いわば『なんでも屋』担当だ。  俺は、ヴォーカル。  ハルカをはじめバンドの仲間達は、俺を『シノさん』と呼ぶ。  最初の頃は名字で呼び合っていたのだが、基本的に、面倒事を全て拳で解決しようとする俺を呼び捨てにするのは怖いとかなんとか言われて、『東雲さん』が転じて『シノさん』になったらしい。  バンドのメンツは、俺とハルカの他に、もう一人のギタリストとベーシストとドラマーがいる。  五人編成のロックバンドの中で、俺とハルカは特筆するほど仲がイイ訳じゃない。  確かに俺はハルカのマンションに居候しているし、俺とハルカの間には、トクベツな身体の関係があるけれど。  それでもなお親友とは言いかねる。  なぜならば。  俺の考える親友とは、『双方が相手の事を信頼し、愛情を抱いている』状態だからだ。  確かに、ハルカから見たら、俺は『愛情』の対象となるかも知れないが。  ハルカの持っている『愛情』は、そのまま『性欲』に直結するタイプのモノで、友情というのとはちょっと毛色が違うと思う。  しかも俺がハルカに抱いてる感情なんて、ハルカのそれよりもっとイーカゲンだ。  俺はたぶん、ハルカの事を『自分に都合のイイ人間』程度にしか思ってない。  一緒にバンド活動をしているくらいだから、一応それなりの情はある。  ハルカがいなくなったら、そりゃあ困ったりもするだろう。  しかしだからといって、その事で嘆き悲しんだりするかどうかとなると、甚だ疑わしい。  俺にとってのハルカは、真ん中にレンという人間を介した『知り合い』でしかないのだろう。  レンは、メインのギタリストだ。  バンドの音は俺とコイツとで作っていて、バンドの中枢はコイツだと言っても過言ではない。  俺が音楽で飯を食おうと決めたのも、このギタリストがいたからで、コイツがいなかったら俺はたぶん、バンドなんて面倒に加わったりはしなかっただろう。  バンドの中においては、ハルカの立場は割と小さい。  俺の勝手な見解だが、バンドってのは音の中枢を担う者が、一番の功労者だと思っている。  その他の事務処理などと言った雑務は、いざとなったら外部に委託が出来るモノだが、音はバンドの個性であり、心臓部だと思うから。  故に、雑務に置いて色々と気の回るハルカの事を、他の連中は評価しているらしいが、俺にとっての評価は低いのだ。  それに対してハルカは、はじめから俺に好意を寄せていたらしい。  その事を、ハルカ自身に確かめた訳じゃないが。  こんな間柄の俺とハルカとの距離が、最初と今とでそれほど違っているとは思えない。  セックスをしてるけど、俺とハルカの関係はとてもドライで、ビジネス的な要素すら持っている。  日常生活を円滑に過ごせない俺を、サポートしてくれるハルカ。  執着しているハルカに、身体を与えてやってる俺。  それだけだ。  ところで、ハルカとそんな風にしている俺だが、実を言えば取り立てて男とセックスする事が好きなワケでは無い。  俺だっていっぱしの男だから、『スルならどちら?』と問われれば、当然の事ながら女のコの方がイイ。  堅くて、ゴツゴツしていて、乱暴な男より、柔らかくて、イイ匂いがして、従順な女のコの方が誰だって好きだろう。  ただ、男にコーフンさせられる事。  すなわち『サレル事』に関して、なんの抵抗も無いだけだ。  自分から相手に触れる場合は、柔らかくてふっくらしている方がいいけど、相手から触れられる場合は、別に堅くて真っ平らだって構わない。  奉仕される事そのものは、嫌いじゃないから。  どうやら俺には、いわゆる『男の加護欲』ってヤツが欠落しているらしいのだ。  幼馴染みであり、バンドでベースを担当しているショーゴあたりに言わせると、俺は『そこらの女よりワガママで甘えた性格をしている』んだそうだ。  まぁ、それもそう的はずれな意見だとは、思わない。  実際、頼りにされるよりは頼りたいし、相手には常に気を遣ってもらいたいけど、俺は勝手気ままにしていたいと思ってるから。  部屋の中でベッタリ貼り付かれるのは鬱陶しいけど、必ず一緒の部屋にいなくちゃ気が済まない。  それはもう、まるで下男を連れている深窓の令嬢よろしく、構ってもらいたいと思っているフシがある。  だから当然、特定のガールフレンドとは長く続かない。  大人の女は俺を躾ようとするし、子供っぽい女のコは俺が寄りかかると逃げてしまう。  俺はこういう身勝手な人間だから、誰かの為に自分を変えようなんて絶対思わない。  明快な結論として、俺はガールフレンドと付き合ってはいけない性格をしているって事になる。  もし俺が、ただ身勝手なだけの人間なら、この結論だけで充分なのだが。  しかし幸か不幸か前述の通り、俺は身勝手な上に、甘えた人間だった。  俺の甘えを説明するのは、ものすごく簡単だ。  俺は『一人で眠る』コトが出来ないのだ。  実を言うと、これはもう『病気』というレベルに達しているかも知れないと、自分でも思うくらい重症だったりする。  ちょっと仮眠をとらなくちゃならないなんて場合は、それほどでもないんだけど。  でもそれだって『静かな部屋で、一人』なんてシチュエーションでは眠れない。  人の気配がないとダメなんだ。  誰も居ないくらいなら、いっそ人がごっちゃりいる喧噪のさなかの方がいい。  深い睡眠を得る為には、絶対に、隣りに人間が必要なのだ。  側に感じる、体温。  それに伴う、呼吸と鼓動。  それが俺にとってはなによりの精神安定剤で、いわば独り寝の子供のテディベアや、ライナスの毛布と同レベルの絶対に必要なモノなんである。  なんで俺が、大して愛情を抱いている訳でもないハルカとわざわざ同棲じみた生活をしているのかと言えば、それは一も十もなくこの『添い寝用のヌイグルミ』役にハルカが甘んじてくれるからという、それだけの理由なのだった。
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