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「さあ、急ごう!」
僕たちはゴールを目指し、転がるように走りだす。
結婚の誓いを立てるゴールには、係の人が純白の長テーブルに用紙を置いて待機している。制限時間内にその用紙にサインして、ハンコを押せば結婚成立。一億円をゲットだ。
ハァ、ハァ。日頃の運動不足で息が苦しい。ふたりで何度も転びそうになりながら、僕たちは純白の長テーブルの前に立った。テーブルは僕たちの門出を祝うように夕陽に照らされ、金色に染まっている。
順番にサインして、あとはハンコを押すだけ。時計の針は刻一刻と進む。
残り時間は……え、あと三秒!?
僕は叫んだ。
「急げ! 間に合わない」
ふたり同時にハンコを持った。朱肉をつけ、さあ押すぞ! ゴールはもうすぐそこだ!
次の瞬間、終了の号砲が競技場に轟く。
「はい。終了」
係の人はさっと用紙を取り上げた。僕たちのハンコは虚しく長テーブルに押される。純白のテーブルに赤い印がふたつ血のように滲む。
「ちょ、ちょっと待ってよ。すぐハンコを押すから」
「時間ですから」
係の人は冷たく言い放った。言いながら帰り支度を始める。
「本日の大会は終了です。ご参加いただきました皆様。大変ありがとうございました」
物悲しいメロディとともに終了のアナウンスが流れる。
なんたることか。せっかく結婚する意志を固めたというのに。
あと少しというところで一億円の夢が砕かれたのだ。
僕と彼女は目を見合わせた。せっかく趣味も合って、この人となら、そう誓った仲だ。
どうする。そんな会話を視線で交わす。
「えっと。それじゃあ、そういうわけだから……」
彼女はそそくさと背を向けた。それが答えだ。それから一度も振り返ることなく、競技を終えた参加者に紛れるように、のそのそと行ってしまったのであった。
「あ、あの。つぎの婚活大会は?」
僕はすがるように係の人に聞いてみた。
「来年のこの時期に開催される予定です。制度がまだあったら、の話ですけど」
次の婚活大会は一年後。ぜひともあってほしい。このよくわからない悔しさを、僕は一生抱えたまま生きていく自信がなかった。
次こそは、もっと気が合う女性を見つけ、ぜったいに結婚してやる!
僕はすでに見失った彼女の背中を、瞼の裏で見つめながら誓った。
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