結婚競争曲

6/6

15人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「さあ、急ごう!」  僕たちはゴールを目指し、転がるように走りだす。  結婚の誓いを立てるゴールには、係の人が純白の長テーブルに用紙を置いて待機している。制限時間内にその用紙にサインして、ハンコを押せば結婚成立。一億円をゲットだ。  ハァ、ハァ。日頃の運動不足で息が苦しい。ふたりで何度も転びそうになりながら、僕たちは純白の長テーブルの前に立った。テーブルは僕たちの門出を祝うように夕陽に照らされ、金色に染まっている。  順番にサインして、あとはハンコを押すだけ。時計の針は刻一刻と進む。  残り時間は……え、あと三秒!?  僕は叫んだ。 「急げ! 間に合わない」  ふたり同時にハンコを持った。朱肉をつけ、さあ押すぞ! ゴールはもうすぐそこだ!  次の瞬間、終了の号砲が競技場に轟く。 「はい。終了」  係の人はさっと用紙を取り上げた。僕たちのハンコは虚しく長テーブルに押される。純白のテーブルに赤い印がふたつ血のように滲む。 「ちょ、ちょっと待ってよ。すぐハンコを押すから」 「時間ですから」  係の人は冷たく言い放った。言いながら帰り支度を始める。 「本日の大会は終了です。ご参加いただきました皆様。大変ありがとうございました」  物悲しいメロディとともに終了のアナウンスが流れる。  なんたることか。せっかく結婚する意志を固めたというのに。  あと少しというところで一億円の夢が砕かれたのだ。  僕と彼女は目を見合わせた。せっかく趣味も合って、この人となら、そう誓った仲だ。  どうする。そんな会話を視線で交わす。 「えっと。それじゃあ、そういうわけだから……」  彼女はそそくさと背を向けた。それが答えだ。それから一度も振り返ることなく、競技を終えた参加者に紛れるように、のそのそと行ってしまったのであった。 「あ、あの。つぎの婚活大会は?」  僕はすがるように係の人に聞いてみた。 「来年のこの時期に開催される予定です。制度がまだあったら、の話ですけど」  次の婚活大会は一年後。ぜひともあってほしい。このよくわからない悔しさを、僕は一生抱えたまま生きていく自信がなかった。  次こそは、もっと気が合う女性を見つけ、ぜったいに結婚してやる!  僕はすでに見失った彼女の背中を、瞼の裏で見つめながら誓った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加