汐崎 海弥

1/7
前へ
/112ページ
次へ

汐崎 海弥

 汐崎(しおざき) 海弥(みや)はこの日、晴れて大学生になった。初めて親元を離れての一人暮らしに期待と興奮、少しの不安で胸がいっぱいの春休みを過ごし、いよいよ今日が入学式。  高校とは違って周りはみんなスーツ姿で大人っぽい雰囲気だ。自分もそんな風に見えているのかな。制服を着て卒業したのはほんの一ヶ月前なのに、何だか猛スピードで数年も年を重ねたようで、照れくささと不思議が入り混じっていた。  堅苦しいながらも大学生の実感を持たせてくれ、身の引き締まる思いをした入学式。そのあとに構内で賑やかに開かれた歓迎会。まるで正反対の雰囲気の午前と午後に少し戸惑いつつも、これが大学生なんだと緊張と期待は高まった。  海弥が入学したのは教育大学。小学校の教師をしている父親の影響からか、幼い頃からの夢だった保育士への道に、ようやく一歩踏み出せるようだった。  入学してからの数日は、カリキュラムを自分で決めなければならないことに迷い、一人暮らしでの慣れない家事にくたびれた。  それでも入学式で隣に座っていた立花玲美(れみ)と、ふたりとも保育士志望ということもあってよく気が合い、お互いに励ましあいながら何とかこなしていった。  さらには入学から一週間が経って少しずつ大学生活に慣れていったころ、海弥と玲美は一緒に絵本サークルに入った。  校門の周りで新入生を取り合うように、引っ張られるように騒がしく行われる色んなサークルの勧誘に辟易(へきえき)してきたころ、静かに渡された一枚のチラシに好感を持って、玲美を誘ったのがきっかけだった。そのチラシには、クレヨンで描かれたらしい可愛いレンガの家のイラストと、『絵本を描いてみませんか? 読み聞かせ会や人形劇もやります』との説明があった。 「ねぇ、これ楽しそうじゃない?」 「あ、ほんと。保育士志望だと読み聞かせとかって勉強にもなりそうだよね」 こうして玲美とふたりで絵本サークルの扉を開いたのだった。
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

66人が本棚に入れています
本棚に追加