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日曜の朝。いつもより登校時間が遅いとはいえ、あくびをしながら、ジャージ姿で校門をくぐり、一路校庭へ。昔、悪友の大島とキャッチボールするために買ったグローブをもってきた。結局、あの時は三日坊主だったが。
「おはよー、はやいね、宮坂君」
今日も元気な白雪姫は俺の姿を見つけると大きく手を振ってきた。そんな仲でもないのに、うれしくなって俺もグローブを持った手で応える。他のメンバーはちらほらと来てはいるが、おもに雪姫の取り巻きぐらいしか見当たらない。まあ、三十分前だから仕方ないし、ホントに集まるんだろうかという不安もあるだろう。
「こんなに早いなんてやる気満々だね」
「競馬のラジオ中継が始まる前に家を出たんだ、そしたらこんな時間になった」
「なんで?」
「だってよ、聴き始めたら腰が重くなるだろ」
「そっか、偉いね。自制心ってやつだ。お姉さん感心しちゃうぞ。でも、競馬は感心しないな。ギャンブルは大人になってから!」
俺の誕生日と一日違いのジャージ姿の白雪姫は自前のグローブでキャッチボールしていた。相手は委員長の初芝緑。確か、あいつもソフト部だったような。
「俺は予想屋、買うのはオヤジだからいいんだ。それに、いい加減、おねえさんはやめないか?」
「なんで? 人生の先輩に向かってどうしてそんなことがいえる? お金を払うっていうリスクを背負わないで自分のことを予想屋だなんて言ってるおぼっちゃん」
一日。たった一日の差でこれだ。
でも、悪い気がしないのはなぜだろう。俺には姉属性でもあるんだろうか。
「新しい一面の発見だ」
丸顔で巨体の大島が俺の心を読むように肩に手を乗せてきた。
「な、何の話だ?」
「いやいや、一人っ子のお前がおねえさんに世話を焼かれて喜んでいるからな」
何気に渋い声を放つこの男は危なっかしいことを言う。
「あん? 喜んでねえ、だまってろよ」
「そうか? まあどっちでもいいがよ」
男二人のこそこそ話にクエスチョンマークを頭に浮かべ、雪姫は俺のグローブに興味をもったように触れてくる。
「そういえば、宮坂君は野球経験者? 自前でグローブ持ってるみたいだけど」
「イヤ違う。俺はコイツの付き合いで始めて三日坊主。経験者は大島の方だ」
「そうなんだー、へえ、大島君がねえ、いやあ、おねえさん楽しみだわ」
巨体で丸顔のあいつが経験者と言うことは打撃で期待してしまうだろう。どうみたってイメージ的にはホームランか三振なキャラクターだ。
「で、俺はどこ守るの?」
クラス紅白戦を行うとは聞いたが、どんなチーム分けをするかは聞いてはいない。
「どこでも構わないよ」
「う~ん、ちょっとキャッチボールやってみよっか」
距離をとって、ボールをポーンと投げてみる。当たり前だが、慣れた仕草で捕球し、返球する雪姫。ソフト部のホープという代名詞は伊達ではなく、コントロールに寸分の狂いもなく、俺の胸元にボールが落下する。言葉のキャッチボールの後に感情のキャッチボールが行えたら最高だなんて妄想しながら、投げようとすると、
「強く投げても大丈夫だよ! 思い切りお姉さんの胸に向かって投げつけてみな。どんな球でも受けとってあげるから」
と、多少小振りな胸を突き出して、ドンと叩きながら叫ぶ。
――そういうことなら、遠慮なく。
ボールを握りなら、ごくりとつばをのみこみ、そして投げる。思いっきり。
ありったけの気持ちで!
ボールは意外にも、コースを逸れずに雪姫に向かって力強く真っ直ぐ伸びていく。
「お」
だが、雪姫は難なく正面から堂々とキャッチ。ふんばった右足がすこし砂利をこすってホコリが出る。
「お~。いい肩してるじゃん。たしか足もそこそこ速かったよね。
これでライトかセンターは決まりかな」
お、足が速いなんてよく知ってるなーっと、ちょっとだけ嬉しくなる。
「打つ方はさっぱり自信ないけどな」
「男でしょ、ガツンといきなよ」
拳を握って、そういう。
「二塁打くらいは打てるようにするよ」
俺のとっての憧れの白雪姫は二塁を守る。
「なんで二塁打?」
それは、二塁を守るのが、と言葉を紡ごうとした瞬間、
「あ、みんな来たみたい!」
ぞくぞくと集まるクラスメイトにおーい、こっちこっち、と手を振る雪姫。
……言えずじまいだ。
だが、それでも恥ずかしくなってそっぽ向いた。
なにをくだらないこと言おうとしてるんだ、俺は。
文化祭、それは年に一回のお祭りだ。だが、クラスの催し物は模擬店だとかお化け屋敷だとかいつも通りのものに偏ってしまう。その結果、出し物が重複したクラスを対象に生徒会は抽選を行い、ハズレクジを引いたクラスは他の出し物をしてもらう。そこで、生徒会の独断と偏見で――もっぱらグラウンドが空いていたからとかいう理由らしいが――野球対外試合となったのだ。
「本番の試合は選抜メンバーになる予定だが、その前にみんなの長所とか、各自がどんなことをやるのか、知っておいてもらいたいため、今日は紅白戦をやる。基本的にチームは男子チームと女子チームに分ける。選抜メンバーは最終的に男女混合になるんだが、今回はいちいち割り振るの面倒だし、男女分けした方が連携をとりやすいかと思う」
クラス委員兼生徒会役員の冷静眼鏡――クールグラスこと坂上優の演説が終わると、これでいいかとばかりに隣の女の子二人に尋ねる。こくりと小さくうなずく、目つきの鋭い黒髪ボブカットの初芝緑委員長。今日のジャージ姿だってぴっちり着て、上下のチャックが緩んでいる個所はない。その隣で、うんうん、と雪姫が大きくうなずいている。雪姫も下はジャージ姿だが、上はジャージを脱いで白い体操着。上着は肩にかけてやたら男前だ。
坂上優は野球部所属でキャッチャー。そしてその脇に控える目つきの鋭い黒髪の初芝緑委員長様はソフト部のピッチャー、さらに、切り込み隊長白井雪姫はソフト部のホープ。
このメンツだから、出し物が他校との野球試合なんだろう、などと邪推する。
「女子チームにキャッチャーを出来る人がいないから、坂上君をレンタルします」
異論はありますか? ないよね? と委員長の初芝緑は鋭い瞳で睨むように言う。
はじめから譲るつもりなんてないのだろうが、確認はするようだ。
「だいぶ女子チームが有利じゃないか?」
太い腕をゴツく組んでいる大島に尋ねる。
「そんなことないだろ。だいたいお前はスポーツで女に負けるつもりなのか?」
あんまり良い発言ではないな、それは。
「ま、俺は雪ン子のいるセカンドにたどりつければいいんだけどね。今日の俺のゴール板はあのセカンドベースだ。レコードタイムで辿り着いてやるぜ」
そんな俺の競馬大好き発言に大島は肩をすくませる。
学校指定のくすんだ茶色のジャージに身を包んだ白雪姫。守備位置は二塁。指定位置につきながらクラスメイトの女子たちに懇切丁寧にアドバイスしている。その動作一つ一つがおおげさなれど、堂に入っている。
初心者ばかりの外野がザルだから、フライでもあげられればチャンスだなと大島は言った。そして、なぜか俺は三番に抜擢され、見た目が豪快な大島は四番だった。
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