プロローグ

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水の中を漂う志都の左手には、ストーカーの持ち物だった「懐中時計」が握られている。ストーカーがクラスメートと揉めたせいで落ちそうになった懐中時計を掴もうとして身を乗り出し川に吸い込まれた。善意が起こした予想外の事故を、志都は激しく後悔していた。 そして体温と体力が奪われていくのを感じながら悟った。たった16年の生涯はここで幕を閉じるのだと。 ――ああ、俺の人生ってなんだったんだ。生きていたってどうせろくなことなかっただろうけど。でも……母さん、悲しませてごめんなさい……。 そしてぎゅっと手のひらを握り締める。すると、握りしめた「懐中時計」のボタンが押し込まれる。 ――カチッ!  その瞬間、水面がざわざわと慌ただしくなる。次第に水の流れは勢いを増し、濁流へと姿を変えていく。まるで蛇の大群が流線を描き、志都に絡みついてくるかのようだ。怒涛の水流は意志を持っているかのごとく、志都の(からだ)を深淵の世界へと引きずり込んでいった。 そして志都は朦朧とし、無意識の世界に落ちてゆく。だけど、消えゆく意識のなかで、誰かの声が耳に届く。聞いたことのない、澄んだ若い女性の声だった。 その言葉の欠片は、絶望に瀕した志都の胸に優しく溶け込んでいった。 ――言ったでしょう? わたしたちはふたたび、おなじ世界で会えるのだから――。
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