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× × ×
それから、一年が過ぎた。
あれ以来私はアニメをあまり観ていない。新作チェックはしても録画は溜まる一方で、以前は半年に一度は一気観していたGガリバーも今年はまだ一度も観れていなかった。
なんだか気持ちが冷めたというか、前ほど夢中になれなくなってしまった気がする。まぁ、あんなことがあったわけだし、単純に仕事も忙しくなったし。
もちろん立川さんとも連絡は取っていない。
けれども、寂しいとか欲求不満な感情は特にはない。
だって、今の私にはこれがあるから。
『会場のみんなー!』
ここはライブ会場。会場に響く声と共に、目の前できらめくのは可愛い衣装を着こんだ女の子たち。
『今日は来てくれてありがとうー!』
『後ろの人も見えてるからね!』
そう。今、私が推しているのはアニメよりも光り輝くこの子達。
まさかの三次元アイドルグループ。
もう二十代後半だし、新しく夢中になれるものなんてないと思っていた。だから、このときめきに巡り合えた時はとっても興奮した。色々なものがふっきれるくらいに猛烈に。
ちなみに私の推しは安藤絵里ちゃん。
ショートカットが特徴でグループの賑やかし的存在。自分で自分を可愛いと言い切る、いわゆる天然ぶった計算タイプの子だ。
たまたま見た動画サイトの配信番組でハマったんだよね。
絵里ちゃんは、グループメンバーにいじられてもキャラがぶれなくて、そこが良い。ていうかそもそもグループ全員可愛いすぎる。
アイドル最高かよ。
私は、絵里ちゃんのイメージカラーである黄色のペンライトを必死に振り回す。
今日も大満足のライブでした。
「あれ。もしかして宮本さん」
と、ライブが終わって撤収を始めた私の背中にかかる声。
なんだか聞き覚えがある声だ。ていうか、かなり耳になじむ。親の声より聞いたことはさすがにないけど、それなりに聞いた声である。
誰だ?
振り向くと、そこには見慣れた顔。会いたくなかった予想外の顔。立川さんが驚きの表情で立っている。
「な、なんでここに」
「いや、びっくりした。こんなところで宮本さんに会うなんて奇遇だな」
「もしかしてストーカー?」
「人聞きが悪い。そんなことするわけないだろう」
そうは言っても、前科あるからねあなた。
「俺は単純にライブを観に来ただけさ」
「ふーん……」
本当のことか、はたまた嘘をついているか。
とは言え、私がリアルアイドルにハマっていることは誰も知らないはず。前回の経験から、友人にもお母さんにも話していない。
だから、立川さんは少なくとも嘘はついていないようだ。
「本当に驚いたな。ライブにはよく来るの?」
「まぁ、月一くらい」
「俺もそんな感じだな。いやぁ、絵里ちゃんが可愛くって」
と、立川さんはデレデレ笑う。ということは絵里ちゃん推し?
言われてみれば、リストバンドも絵里ちゃんの黄色だ。
「立川さんの推しって?」
「安藤絵里ちゃん。普段は天然ぶってて計算高いのが最高だよ。あと、みんなにいじられてもキャラがブレないのが良いよなぁ」
「私も!」
――――食い気味の私。
一瞬、時が止まったような感覚を覚える。
突然の叫びに、立川さんは驚いていた。
だけど、驚いたのは、私も同じだ。
だって。だって立川さんが絵里ちゃんを推すポイントが――
「た、立川さんは公式配信はみてる?」
「ああ、当然。有料会員になってアーカイブも全部見た」
「好きなコーナーは?」
「トークコーナー。ゲーム実況とか、ライブの裏話を暴露するコーナーも良いけど、やっぱり一番はトークコーナーかな。なんていうか、可愛い女の子たちが仲良くしてるだけでこっちも幸せな気分になるっていうかさ。明日も頑張ろうって、日々の活力になるよな」
……同じだ。
アイドルに対して立川さんと私が想い描いているものが。
その感想はまぎれもなく普段私が感じているものと同じ。
もしかして立川さん、私と一緒にいるうちに好みが似てしまった、とか?
「ていうか……。あのさ、宮本さん」
そこまで考えたところで、立川さんが切り出す。
「良かったら、帰りにその……お茶でも一緒にどうかな?」
ああ。それは――
「断る」
「……ま、まぁそうだよな。もう、あの頃みたいには話せないよな」
「――でも、お茶はいらないけど」
「え?」
「一緒にご飯くらいは食べてもいいかな。おなか、すいてるし」
立川さんの顔が固まる。一瞬、何を言われたのか分からなかったようだ。
そして、その顔はみるみる晴れやかになっていき、笑顔を作る。一年前のあの日の前と同じように。
私もつられて顔が緩んでいく。
結婚とかそういうのはまだよく分からない。けれども、まぁ、推しを語り合うくらいは、良いよね。
おわり
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