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実を言うと、私の推しアニメはGガリバーだけじゃない。他にも女子高生がアイドル一番星を目指すアイドルアニメ『ガールズライブ』、理不尽に家族を殺された少年が旅に出る少年漫画原作の『鋼の剣』などなど、ハマったアニメは数知れず。面白ければジャンルは問わずなんでも視聴するのが私のモットー。強いて視聴傾向を上げるとすれば、男性向け作品が多いということだろうか。
そんなだから、オタク友達ができても本当の推しアニメで語り合うことは難しかった。もちろんおすすめはしたけど、たとえ布教しても心の底から楽しんでいる私と、友達とのギャップを感じてしまい本当の意味で想いを共有することはできなかった。
高校の頃だっけ。それなりに推しアニメの話を聞いてくれたオタク友達をイベントに誘った時に一瞬苦笑いをされたのが忘れられない。
本当に好きなものを100%共感し合うのは無理なんだろうか。そんな風に思ってあきらめかけた頃に出会ったのが、立川さんだった。
彼と出会って、世界が変わった。これは比喩なんかじゃなく出会う前と後では生きる場所が全然違っていて、推しのアニメを語り合うってことがこんなにも楽しいということを知った。
だけどそれは、よく練られた彼の嘘で、策略だったんだ。
ていうか、好きでもないのによくぞそこまで知識を揃えられたよね。
ちょっと感傷にふけっていたけど、なんだかだんだん腹が立ってきた。普通にストーカーじゃん。
「……まさか、つけられてないよね?」
今、私は駅から自宅まで歩いている途中。辺りを見回してみるけど、幸い彼らしき気配は感じない。まぁ、家に何度も招待しているから何の意味もないけれど。
その時、バッグの中のスマホが震えた。
多分、立川さんだろう。電車の中でも何度も震えていた。
スマホを取り出しロックを解除して、着信履歴を見る。
やっぱり、立川さんからだ。彼の名前が画面にずらり。
しつこないなぁ――と、思ったけど違う名前も見つけた。
「あ、お母さん」
田舎に住む母だ。とりあえず、リダイヤル。
「もしもし、お母さん?」
「すみれ? 今大丈夫かしら」
「うーん、まぁ」
「何よその声。本当に大丈夫なの?」
言われて私はハッとなる。たしか、泣いてはいないはずだけど、鼻声になっていたのかな。
さすがは血を分けた母親。なんでもお見通しらしい。
「ひかれた蛙みたいにしゃがれてるわよ。また、飲みすぎたんじゃないの?」
「……飲んでないわ」
「あら、本当に?」
「そうだよ。……全く。私が今日どんな思いをしてきたかも知らないで」
「何よそれ。何かあったなら言ってみなさい」
私は、今夜あったことを伝えた。
立川さんとレストランに行ったこと。そこでプロポーズされたこと。そして、彼の策略にまんまとはまっていたことも。
お母さんなら少しは分かってくれるかな。
「あんた、それくらいのことで。バカじゃないの」
真っ向から否定された。
「誰にだって気に入らない部分のひとつやふたつ、あるのは当然でしょう」
「私にとっての許容範囲があるの」
「気に入らないこともお互いに許していくのが結婚よ」
「そうかも知れないけど」
「聞けば立川さんて良い人じゃない。他でもないあなたのために、そこまでしてくれたのよ。そんな人が他にいる?」
「それは……」
「それに、ちゃんと謝ってはくれたんでしょう。これからは本当の立川さんと向き合えるチャンスじゃない」
「うーん……」
彼のしたことは許せない。けれども確かに、彼と過ごした時間は私にとってかけがえのないものになった。それは間違いない。
ならば、答えは決まっている。
「分かった。ちゃんと立川さんに話してみるよ」
「その意気よ、すみれ」
「はっきりと断ってみるから」
「は?」
「お母さんと話して考えがまとまったよ。どうもありがとう」
「ああ、そう……」
お母さんは呆れていた。まぁ、そう思うのも当然だ。だけど、私の考えは変わらない。
私は自分と同じ世界を持つ人と一緒になりたい。
推しが同じで、ずっといられて、なんにもなくても苦にならないそんな人。
だから今回は――推しが同じ人とは結婚できませんでした。
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