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「ずっと君といたい。君が欲しい。君の事が好きなんだ!」
その暑苦しく熱のこもったプロポーズは、レストラン中にこだました。
声の主、立川浩紀さんは私を真っすぐに見据えている。だけど、私に注目するのは立川さんだけじゃない。
大きな声に、周囲のお客さんもざわざわと注目していた。
こんなに注目を浴びたのはいつ以来だろう。大学の頃、電気屋さんのおもちゃ売り場で変身ベルトを物色していたら男子小学生の集団にじっと見つめられた時以来かもしれない。
あれは気まずかった。子供たちみんな真顔で無言だったもんね。せめて何か言ってよ。
さておき、私こと宮本すみれは人一倍、注目を浴びるのが苦手だ。普段ならこんな猛烈求愛された日にはあたふた顔を真っ赤にして、ただひたすらに戸惑うばかりだったと思う。
しかし、このプロポーズの言葉を聞いた日にはそういうわけにもいかない。実はこの言葉には聞き覚えがある。ていうか、かなり耳になじむ。親の声より聞いたことがあるかも。
「ええと、今の伝わったか……? Gガリバー最終回の」
「皆まで言わないで。伝わるに決まってるじゃん。だって私の推しアニメだよ」
そう、この暑苦しく熱のこもったプロポーズは、私が愛してやまないSFロボットアニメ『機動旅行記Gガリバー』の最終話で主人公がヒロインへ告白した時と同じ言葉。
私と立川さんが出会ったのもこのアニメがきっかけだ。
Gガリバーは私が生まれる前に流行ったアニメで、周りに知っている人がひとりもいなかったんだよね。
それだけに推しアニメで盛り上がれる立川さんとは出会ってすぐに意気投合できた。あの時は嬉しかったなぁ。初めてGガリバーを知っている人に出会えて。
ストーリーから声優さん、脚本に監督、さらに音楽まで余すことなく二人で語り合った。
あれ。待って。彼のプロポーズを受けるということは、つまりこれからはずっとGガリバーの話ができるってこと?
今までも立川さんとは会うたびに楽しい時間を過ごすことができた。Gガリバーに限らず、立川さんと推しアニメの話をするだけで、つまんない喫茶店でも何時間でも一緒にいられた。
つまり、立川さんと私が一緒になれば、これからはずっと推しアニメの世界を共有できる日が来るってこと。
それってすごい。すごすぎる。最高すぎなのでは。
「……最高かよ」
「え?」
「立川さん!!」
今度は私の大声。
ビクッとしつつも立川さんは私から目を離さない。
「私ってこんなだから迷惑をかけるかもしれないけど、立川さんといられるならこんなに嬉しい事はないわ」
震えているのは声? いや心臓だ。動悸が激しくなっていくのを感じる。
けれども、私も彼から目を離さない。
「だから、末永くよろしくお願いします」
「宮本さん……!」
立川さんの顔が、みるみる晴れやかになっていく。
苦節二十数年。ついに、我が世の春が来た。これには注目していた他のお客さん達もスタンディングオベーション。なりやまない拍手と祝福の声がいつまでも店内を包み込む――事はなかったけど、それでも私の中ではそれくらいの気持ちだった。
「宮本さんは本当にあのアニメが好きなんだな」
「急にどうしたの。そんなのもちろんじゃない」
「いやぁ、今の返事も本編のセリフからでしょ。宮本さんなら絶対に合わせてくれると信じていた」
「不器用な主人公をヒロインが優しく包み込むGガリバー屈指の名場面なんだから。外すわけにはいかないよね」
「ふふっ、そうだな」
そこまで言って立川さんが笑う。私もつられて笑う。箸が転んでもおかしい年頃はとっくに過ぎたけれど、推しアニメと一緒。いや、立川さんと一緒ならずっと笑っていられる気がした。
これからはこういうのが日常になるんだろうな。
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