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とにかく、あの人は戦争に行って、何年かして帰ってきた。私があの日のことを忘れず、秘密を誰にも打ち明けず、心変わりもせずにいたことを確認した後、私が望まぬ結婚をしなくていいようにと何年も東奔西走してくれた。けど、一介の郵便飛行士と大富豪じゃどうしようもなくてね。結局駆け落ちして、新しい土地で私たちは家族になった。子供も何人か授かって、生活の基盤を作ろうと二人して朝から晩まで働いた。
何年か経ったある日、二度目の大戦が起きた。今度は郵便飛行士としてでなく空軍として出征していった。子供を大勢抱えていたけど田舎で、近所の人も助けてくれたから戦争の実感は湧かなかったんだ。食事が質素になったこと以外はね。ただ、戦争が終わってもあの人は帰ってこなかった。
今でも、あの人をおじいさんと呼ぶことに抵抗があるんだよ。だって、最後に見た姿はまだ若かったから。あの時の姿のまま帰ってくるんじゃないかって思っているんだよ。あの人は私より歳が十も上だから、もう生きちゃいないことなんて分かってるのに。孫がこんなに大きくなるくらいまで生きてきたのにねぇ……。
だから、あの日から今日までずっと胸に仕舞ってきた秘密を秘密でなくすことにしたんだ。じゃないとあの人のことを覚えている人が誰も居なくなってしまうだろう?だから、私の代わりに覚えておいておくれ。私たちの、sub Rosaを……。
*
語り口は異なるかもしれないが、祖母の話の大筋はこのようなものだった。中には美化しすぎている、という人も居るかもしれないが、思い出とは得てして美化されるものだ。何よりも大切なことは数々の障害を越えて一緒になった二人が居たこと、ただそれだけだと私は思うのである。
某月某日、オジエ氏の手記より
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