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その晩、家を抜け出して秘密の場所で待った。その場所ってのが、それはもう綺麗なところでね。海の見える小高い丘で、元は金持ちの屋敷でもあったんだろう。白い煉瓦が所々に散らばっていて、小さな薔薇がそれに絡まるように生い茂ってた。私は海の方には近寄らずに月の光の下で薔薇の冠を作ってた。薔薇は棘があるだろう? あれを一心不乱に抜いてね。あの人が呼ぶのに気付かなかったんだよ。名前を呼ばれたのに気付いて顔を上げるとあの人が泣きそうな顔をしてた。今思うとありゃ、心配と安心でああなったんだろうね。でも、あの人は怒ったりなんかせずに、私の隣に座って海の方を見てた。
二人分の花冠を作り終わってから、私も海の方を見た。来た時には暗くて見えなかった海が明るくなってた。夜明けが、近付いてた。ああ、こんなになるまで待っててくれたんだ。そう思った時に、きっと私は恋に落ちたんだと思う。
私が花冠を頭に乗せると、あの人はポツポツと話し始めた。自分が戦闘に関係ないとは言え戦争に行くことへの不安。この土地を離れることの淋しさ。私の家が武器商人の大富豪と懇意になる為に私を嫁がせようとしていること。私はまだ小さいからまだ先の話だったけど、きっと脅されてたんだろうね、自分は居なくなるべきだと言ってた。
私ゃ言ってやったね、それが何だって。それが私に何も告げずに行く理由になるのかって。子供だから大人の事情なんて関係ない、一緒に居てくれなきゃ嫌だ、なんて駄々捏ねてね。それでも、あの人はいつも通りその我が儘を聞いてくれた。もし君の気持ちが何年も変わらなかったら、って前置きして。いいかい、これはsub Rosaだ。薔薇の下で話したことは絶対秘密にしなきゃいけないんだ。
……そう、今でも覚えてる。sub Rosa、ラテン語で薔薇の下で。秘密を意味する慣用句。あの人は跪いて、私の手にキスをした。意味は……いや、いつか知る日が来るだろう。
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