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次の患者さんは55才自称美魔女のミキさん。
「首のこの小さなイボイボが気になって。来週までにきれいにしたいんです。」
「それは無理です。レーザー手術は予約制ですし、手術をしてから完治するまで2週間程度はかかります。その間、首を隠しておける秋から冬に手術するのがよろしいかと思います。」
「何かもっと簡単にイボ○○リのようなお薬で強力なものはないのですか?」
「ありません。」
「えええ・・・困ったわ。じゃ、どうすれば良いかしら?」
どうすればって、俺の知ったこっちゃない。
その時、ユミが俺の耳元でささやいた。
『襟元の空いたドレスを着る予定があるのですか?夏向きのショールやレースで襟元にアクセントをつけるファッション、首筋のほっそりしたミキさんにはお似合いだと思います。ふわふわ揺らぐものを身につけていると異性の心も揺らぐという説があります。』
マジ恥ずかしいけど、俺はユミの支持に従い赤面しながらそう言った。
するとミキさんもまた頬を真っ赤にして
「そうしますわ。ありがとうございます。」
と嬉しそうに退席してくれた。
次の患者は19歳の大学生カツヨシくん。
ほんの小さなニキビができたら受診する繊細な青年だ。
「跡、残りませんか?」
確かに彼の肌は、きめが細かく白く艶がある。
「この程度のニキビなら肌を清潔に保ち薬をつけておけばきれいに治ります。」
「いつも気をつけているのに、どうしてニキビができるのでしょう?」
「何に気をつけていますか?」
「規則正しい生活。睡眠時間の確保。食事の栄養バランス。無農薬野菜。地産地消の新鮮な食材。腹八分目。トランス脂肪酸と砂糖は極力摂取しないように心がけています。適度な運動。運動は有酸素運動と無酸素運動の順番やプロテイン摂取のタイミングを考えていますし、プロテインの種類や質も厳選しています。筋肉や関節の柔軟性と精神統一を目的としてヨガも始めました。汗をかいた後はすぐシャワーで清潔を保ち、週2回は温泉とサウナでリラックスしています。紫外線については、日焼け止めをしながら通学の行き帰り約25分の日光浴を心がけています。帰りが遅くなりそうな時は、昼休みや空き時間を利用して積極的に日光に当たるよう工夫しています。水は体調と用途に合わせて硬水と軟水を飲み分けています。もちろん勉強も頑張っています。首席で卒業することが目標です。趣味の音楽サークルでは仲間と楽しく活動していますので、ストレスはないと思います。」
「あははは!それはすべて、ニキビ予防のためかい?」
「ニキビだけじゃありません。心身の健康と若さを保つための工夫です。」
「そのすべてに完璧さえ求めなければ素晴らしい生き方だと思うよ。ただね。俺は、それらの何一つできていないけど何の不安も感じていない。どんなに気をつけても完璧に老化を防ぐことはできない。生物である以上、いつかは老化し消滅する。たとえ肉体年齢が若さを保っていても社会的には20歳と30歳とは同じではない。19歳だからこそ楽しめること、感じることもある。考えることばかり優先せず、自由にのびのび過ごすことで、多様な気づきがあり、バランスよく成長できる可能性もあると思うが、どうかな?」
「おっしゃる通りかもしれませんが・・・先生は髪が薄くなったりシワやシミができたりして、だんだん醜くなることが怖くないんですか?」
「俺は髪が薄くなることやシワやシミが醜いとは思ってない。むしろ年齢に相応しく成熟した生命体は見事だと思っている。生物である以上、肉体的にも精神的にも新陳代謝を繰り返しながら成熟してゆく。多少の傷は跡形もなく完治するが、心身ともに消すことの出来ない傷は増えるばかりだ。だけど、その傷あとが、実は心身の経験値でもある。まったく無傷のまま過ごす人生ほどつまらないものはないと思っている。人生の目的は幸せになることだろう?挑んで失敗して傷ついて、何度も新たに挑み続けて、傷つきながら少しずつ幸せを勝ち取っていく。それが生きがいじゃないのかな?心身の若さを保つ君の努力は素晴らしいと思うよ。ただ、必要以上に傷を怖れて、大切なチャンスや挑戦を見逃がすなよ。イザとなったら思い切ってイケ!」
「先生。ありがとうございました。もし・・・心が傷ついた時も、診ていただけますか?」
「あははは!診察が終わってからな。水素水でも飲みながら話をしよう。」
カツヨシくんは、少し緊張した様子でニキビの薬をバックにしまう手が震えていた。
耳元でユミがささやいた。
『大丈夫!君はきっと、自分の力でしあわせになれるよ。』
俺は、そう言って彼と固く握手した。
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