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診察を終え、残務整理をして、家に戻る車の中で、俺はユミに声をかけた。
「今日は1日、お疲れ様。いろいろ、ありがとう。俺、ユミを見直したよ。感謝してる。昨日より、ずっと大好きになった。いつまでも俺のそばにいてくれよ。」
「冴月先生。本当ですか?」
「ああ。本当さ。正直な気持ちだ。」
「私、少し、出しゃばり過ぎてしまったかと反省していました。」
「出しゃばりなもんか。ユミがヒントをくれたとしても、俺が必ず実行するとは限らない。適切だと判断したからユミのヒントをありがたく頂戴したのさ。みんな喜んでくれた。俺、のほほんとしてるから、ああいう具体的な声掛けできないんだ。言われるまで気づかないのさ。まだまだ気配りが不十分なんだな。本当に助かったよ。多分、俺より患者さんが喜んでくれたと思うよ。母さんもね。」
「冴月先生は、まだ経験が浅いですから当然です。私はもともと昭和6年生まれですから。17歳で体は失いましたが、精神的にはもう90歳です。体がないので気分としては17歳のままですけど。大好きだった紫月先生のそばで、紫月先生に密かに寄り添いながら様々な社会経験を積んできました。幽霊には睡眠も食事も休息も必要ありません。真剣に学ぼうと思えば体がある生身の人間より有効に時間を使えます。」
「すごいな。ユミは何か勉強したの?」
「紫月先生の本棚にある本は、すべて読みました。」
「へえ~?爺さんは読書家だったからな。で、その中で好きな本はどんな本?」
「南方熊楠の菌類図譜とか日本美術全集は好きで何度も見ています。寺田寅彦や牧野富太郎も好きです。」
「ほほう?植物が好きなのか?」
「植物を愛する人間の心が好きなのかもしれません。」
「なるほど。ところで今日、あのあと母さんと何してたの?」
「お母様と美術館で北斎と広重を見て来ました。私が美術全集が好きだと告白したものですから。私の解説を、お母様はとても喜んで下さいました。その後、デパートで買い物をしました。」
「何だか、ワクワクするな。」
「何がですか?」
「いや・・・母さんには最高の嫁だよ。俺、正直、あの母さんの強烈な説教に負けない女性なんて世界中探しても見つけるのは難しいと思ってたからさ。」
「わかります。この10年、陰ながら、ずーっと冴月先生を見守って来ましたから、おっしゃる意味はすべて理解できます。それでも、思い切って姿を現した夜の、お母様の電撃的な説教には予想以上に苦戦しました。あまりにスラスラ受け応えするのも微妙ですし。適度に自然に。素直に。真剣に。何より私は冴月先生に、ありのままの私の存在を認めていただきたかったのでございます。」
「そうだったんだね。ありがとう。勇気を出して、出てきてくれて。俺は嬉しいよ。ユミ。」
「冴月先生・・・」
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