14人が本棚に入れています
本棚に追加
それから数か月、俺はユミの采配でまるで新しい自分へと変貌した。
ユミは寝る暇も惜しんで・・・という言葉は不適切であるが、俺のために美味い食事を用意し、母が喜ぶことを探しては実行した。
母に似合う服をコーディネートしたり、母の好きそうな映画や音楽会に誘ったり、美味しいレストランを発見したり、首や肩をマッサージしたり、家の隅々まできれいに掃除したり花を飾ったり、かわいそうなほど熱心に、母の気持ちを盛り立て快適にしてくれた。
一方で、ユミは俺にタイムリーな学術論文を次々に書かせた。
そのための資料はユミが不眠不休で搔き集め、どっちが助手かわからない程の力強いサポートで俺を研究に没頭させた。
またユミは俺に売れ筋の本を書かせた。
優秀な編集記者に手を回し、あれよあれよという間に
『さつき先生と楽しくアトピー』
というカラフルな絵本みたいな本ができあがり、そこそこ売れたので
『さつき先生と楽しくニキビ』
『さつき先生と楽しく日焼け』
など、次々にシリーズ化された。
同時にユミは、俺が毅然とした威厳のある風格を身につけるよう、手本となる人物を探し出しては親交を深める手助けをしたり、参考になる映画や書物を探したり、適切な修行となるイベントへの参加を準備したり、俺の成長プログラムのマネージャーとして驚くべき手腕を発揮した。
それまで俺は、私用で外出する際はジーンズにラフなTシャツという身軽さでふらふらしていたのだが、ユミは俺の知らない有名ブランドのスーツや靴、カバン、腕時計を用意し、
「靴下や下着まで一部のスキもなく品格のあるものを着用すること。それに見合う髪型、言葉遣い、仕草、身のこなし、眼差しまで演じ切ること。」
を訓練させられた。
ユミはいつも、こう言って俺を激励した。
「冴月先生は、どんな高級ブランドにも負けない豊かな情操を持っておられるのです。海のように深くて広い知識と太陽のように明るく尊い理想をお持ちなのです。胸を張ってスポーツウェアの感覚でスーツを着こなして下さい。お似合いです。いつにも増してダンディーですよ。」
会議や所用で知り合いに会うと、皆、驚いて目を丸くした。
母は俺の最終目的を知らず、俺の変化を歓迎した。
俺は、医者としての動かしがたい地位を獲得することを目指していた。
絶対に、政治家になりたくないために!
けれども敵もさるもの引っ搔くもの。
俺にひと言の相談もないまま、川森代議士本人が後継者の有力候補として俺の名前を挙げたのだ。
ユミの調査によると、このままでは明日の地方新聞に、その記事が掲載されるという。
俺は新聞社に抗議の電話を入れた。
新聞社は
「院長先生に許可をいただいている。」
との一点張り。
「名誉棄損で訴える覚悟がある」
と、俺は新聞社の社長室に乗り込んだ。
ユミは余裕で俺をなだめた。
「任せて!」
その日から3日間、新聞社のすべての印刷工場はそこだけ原因不明の落雷が続き、停電により新聞を印刷できなかった。
「茗荷冴月先生に関し、ご本人に許可を得ない記事は決して掲載致しません。大変ご迷惑をお掛け致しました。」
3日目に、やっと!
新聞社は俺に謝罪し、慰謝料、営業妨害賠償金などの名目で大金を準備したので、金の授受については丁重にお断りした。
ユミの働きが功を奏し、それ以来、俺は自在に雷を操る医者という意味で
『ドクター・サンダー』
と呼ばれることになる(笑)
完
最初のコメントを投稿しよう!