14人が本棚に入れています
本棚に追加
月曜日の朝。
俺は少しドキドキしながら、母に報告した。
「俺、ユミとずっと一緒に暮らすよ。」
「あはははは!は~っはっはっ・・・」
母は大声で笑った。
「そう言うと思ったわ。あなたらしい。仲良く暮らしなさい。たとえ私が反対したところでユミちゃん見えないし。その辺にいるんでしょう?あなたは今日から私たちと一緒に仕事をしていただきます。午前中は冴月のサポートしてちょうだい。冴月は中高年の女性患者に人気があるけれど彼女たちの勢いに完全に飲まれてるの。淡々と仕事をこなせばいいのにズバッと強気に割り切れないのよ。本当にいい年してナヨナヨして困ったもんだわ。正午になったら私と一緒に台所にいらっしゃい。昼ご飯の準備をするわ。冴月がご飯を食べ終わったら午後からは私と買い物がてら社会見学よ。冴月をまともな人間に仕立てるための策略を二人で考えましょう。この1ヶ月、弱音を吐かずに頑張ることができたら冴月の嫁として認めましょう。」
「ありがとうございます。お母様。一生懸命がんばりますので、至らないところは厳しくご指導いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。姿は見えませんが正座して三つ指ついてかしこまっております。」
「はははは・・・」
今度は俺が笑った。
朝一の患者は93歳のタキさんだ。
タキさんは至って健康だが半月に一度、必ず保湿クリームを所望して来院する。
だが本来の目的は優柔不断な俺に自分の話を聞いてほしいのだ。
「最近、暑い日が続いてアセモみたいなんです。いつものお薬の他にアセモのお薬もいただけますか?」
と言うので
「どのあたりにアセモできましたか?」
と聞くと
「兄ちゃん、まだ若いから、わからないと思うけど。年取るとドコもカシコもかゆいんだわ。生きてるからかゆいんでしょうねぇ。死んだらもう何もわからんのでしょうけどねぇ。もうそろそろお迎えが来てもいい頃なんだが、先に逝った爺さんは、すっかりボケてたのでお迎えに来ることも忘れてるんでしょうかねぇ。本当にまいりましたよ。もう待ちくたびれたぁ〜。もしかすると天国で私より若い女とイイ仲になって、もう私のことなど迎えに来たくないのかもしれんよ。爺さんは、ひょっとこ顔のクセして昔から女好きでなぁ。80になっても浮気して歩いて。苦労させられたよ。兄ちゃん、浮気はあかんよ。かたや女を喜ばせ、かたや女を泣かせ。何が面白いんだ。あはははは。こんな事ばっか言ってるからなぁ。どうしよう。いつまでも誰も迎えに来てくれんかったら、わたしゃ、いつまでも頑張って生きて働かにゃいかんのですかぃ。ああ~川の流れのように~だ。どこまで流れりゃいいもんかのう・・」
延々と話が止まらない。
その時、耳元でユミがこう言った。
『ステキなご主人だったのですね。今頃きっとタキさんの笑顔を天国から見守ってニコニコしてますよ。ご主人との楽しい思い出、たくさんあるんでしょう?続き聞きたいけど次の患者さんが待ってるので。今度はご主人の武勇伝聞かせて下さい。きっとですよ。』
俺はタキさんに微笑みながら、その通り語った。
「では、いつものお薬の他にアセモの薬も出しておきます。お大事に。」
最後に、そう付け加えタキさんの受診を終了した。
最初のコメントを投稿しよう!