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社内恋愛
「岸川さん、ちょっといいですか?」
通勤電車内で 痴漢撃退を2パターン、脱線事故の 人命救助を4パターンもシミュレーションしつつ、今日も何事も無く出社した私に、若い女子社員が語りかけて来た。
彼女の名は 沖田由美。23歳。去年の春に大卒新人で入社して来た『今どきの可愛らしい子』だ。
もちろん、私にとって『愛する女性』は妻以外にはいない。当然、彼女の事も職場の後輩としか見てはいないが、あえて言うなら『妹』くらいの特別視はしているかも知れない。10歳以上の年齢差があっても、やはり『可愛い』とは思う。
その彼女から、相談があると言われ、私は正直驚いた。彼女の教育担当は私と同期の太田であったし、入社後1年以上、特別に個人的な会話などしたことも無かったからだ。
私は 昼休憩の時間に、彼女と屋上に上がった。
「あの……実は太田さんの事なんです……」
彼女が言うには、太田が経理を 誤魔化し、 多額の 横領をしているとの事。しかもその横領に、自分も知らず知らずの間に加担させられていたとの事だった。
まさか? あの太田が……
彼女の独白に私は衝撃を受けた。太田は同期の中でもかなりの切れ者だし、人望も厚い。今秋の人事では昇進も確実視されている。
にわかには信じられない私は、彼女の瞳をジッと見つめ、念を押すように事実確認をした。一瞬、彼女の瞳に陰りが見えたことから、私は事実の全てを明かすように説得する。
「実は……」
しばらく迷った末、彼女は太田と恋愛関係にあった事を語り始めた。
昨春、新人社会人として歩み出した彼女は、教育担当の太田と共に過ごす時間の中で、尊敬と憧れの思いを抱くようになった。
太田が、独り身の会社人間だったこともあり、夏頃には肉体関係を結ぶようになっていたらしい。
彼女は公私共に、太田の言いなりとなってしまった。初めの内こそ、教育担当者から渡された仕事として、伝票の書き換え等をしていたのだが、ある程度仕事内容が分かって来るとその指示に疑いを抱くようになった。
太田にそのことを問い詰めても、何となく納得のいくような、いかないような、 曖昧な説明を繰り返された。
仕事に対する不信感は、やがて太田自身への不信感となり、別れる決意に至った。だが、彼女が全てを会社に告げると言うと、太田は大笑いをしたそうだ。
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