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現実
退社後の私は、事件や事故、災害に備え、今日もあらゆる場面でシミュレーションを繰り返しながら、通勤駅の改札を出た。
今日も何事も起きはしなかったが、備えあれば 憂い無しだ。いつでも 臨機応変に対応出来るよう、常日頃からイメージトレーニングを続けることは、やがて益になる……ハズだ。
さすがに、異世界へ転移することや、ゾンビが世界を 徘徊するようなウイルス感染が起こる事は無いだろうが……いや、たとえそんな 突拍子もない出来事に 遭遇したとしても、私はサバイバーとして生き残り、人々を助け、明るい未来を築くことが出来るに違いない! それだけのシミュレーションは繰り返しているのだから!
とっぷり日も暮れた夕闇の中、私は自宅のある住宅街へと足を急がせる。遠くに救急車のサイレンが聞こえるが、どうやら今日も我が団地は何ごとも無かったようだ。
火事や強盗事件のシミュレーション場面とは違い、赤色灯も回っていないし、どこかの飼い犬が庭先で吠えている程度の静けさだ。
我が家の窓からも……大丈夫! ちゃんと灯りが 洩れている。事件が起こってるなら真っ暗なはずだからな。
だが……油断は出来ない。もしかすると、ドアを開けたら強盗が……
「ただいまー」
玄関の扉を開き、声をかけると、内扉の向こうから、いつもと変わらない出迎えの声が聞こえて来た。
「おかえりー!」
「おかえりなさーい」
有事に備えて日々シミュレーション……しかし、何も起こらない平和な日々こそが1番の幸せなんだなぁ……
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