英雄(えいゆう)

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英雄(えいゆう)

「お父さん、早くー!」  玄関(げんかん)から息子が私を呼ぶ。小学3年生にもなって、まだ私と一緒に登校したがるとは、 (うれ)しくもあるが、そろそろ自立をうながすべきか…… 「あなた、はい、お弁当。お待たせしました」  台所から妻が、いそいそと弁当バッグを持って来てくれた。私はすでに 習慣化(しゅうかんか)している感謝の言葉を伝え、それを受け取る。  通勤バッグに弁当を入れながら玄関に向かうと、息子はすでに (くつ)()き、ドアを開け閉めしながら私を待っていた。 「早く、早く!」   ()かされながらも、いつものペースで靴を履き、 父子(おやこ)で声をそろえ、妻へ 出宅(しゅったく)の声をかける。 「はーい。いってらっしゃーい!」  朝食の片付けを始めている妻は、台所から声を返す。いつも通りの平和な朝だ。 「……でね、今日ね、みさきちゃんとマー君と一緒にね……」   未就学(みしゅうがく)の頃から変わらない、息子のマシンガントークを聞きながら、私達は通学路を歩む。 「キャーッ!」  校門近くまで来た時、突然、子ども達の叫び声が聞こえた。私は息子と顔を合わせる。  学校方面から、次々に子ども達がこちらにむかって ()け出して来た。1人の女児が (ころ)び、 路上(ろじょう)に倒れる。 「あっ! みさきちゃん!」   転倒(てんとう)した子どもは息子の友人らしい。私と息子は手をつないだまま、駆け寄って来る子ども達を ()けてその子に近付こうとした。 「逃げてー! みんな、逃げてー!」  前方から 鬼気迫(ききせま)る女性の声が (ひび)く。私は視線を上げた。校門へ向かう曲がり角から、見覚えのある女性教諭が現れる。しかし、その姿はあまりにも異様だ。  恐らく、上着は白のブラウスなのだろうが、遠目にも明らかにそれと分かる『血の ()み』が広がっている。口元からも出血しているようで、何よりも、右手で腹部を押さえ、ヨロヨロと歩む姿に、私はただならぬ事態を感じた。その直後――― 「ウオー!」  女性教諭の背後から、 奇声(きせい)を発する男が飛び出して来た。突き飛ばされた女性教諭が、路上に倒れる。  男の手には……家庭用の包丁より少し大きめの刃物が (にぎ)られていた。  転倒した女性教諭に向かい、男はその刃物を突き下ろそうと構える。私は 咄嗟(とっさ)に大声で 怒鳴(どな)った。  男は動作を止め、私に顔を向ける。  マズイ……  私は息子を背後に回し、急いで家まで逃げるように伝える。その間に、男は私達に向かって歩き始めて来た。  とにかく息子を守らなければ……  私は振り返ると、再度、息子に向かい怒鳴るように 逃避(とうひ)を指示する。ようやく息子は、 (はじ)かれたように駆け出して行った。  よし……時間を (かせ)いで私も逃げなければ……  しかし、 (せま)って来る男と向き合った私の目に、路上に座り込んで泣き出した女児の姿が映る。みさきちゃんが、痛みと恐怖で動けなくなってしまっている!  その姿に当然、男も気付いていた。視線が私では無くみさきちゃんに向いている。マズイ! そうだ……こんな時のために、日夜シミュレーションを繰り返して来たのではないか!  私は覚悟を決めた。  こういう時のために、インターネットの動画サイトで、何度も 総合格闘技(そうごうかくとうぎ)武術(ぶじゅつ)暗殺術(あんさつじゅつ)()て学んで来たのではないか!
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