第二話

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第二話

――― 僕はさっき来たトイレに駆け込み、持っていた薬をペットボトルの水で飲んだ。そして鏡の中の自分を見つめた後、そっと瞳を閉じた。 僕たちΩには、3ヶ月に一度ヒートがある。まぁ簡単に言えば発情期ともいうそれは、一般の人が思うより強烈で、ヒートになると自分の熱を抑えられなくなる。 それでは仕事や日常生活すら出来なくなるから、熱を抑える薬というのがある。それが今、僕が飲んだ薬だ。 ヒートの間は、『つがい』を持たないαや時にはβを惑わすフェロモンを出す。僕がいつも処方される薬は、熱とフェロモンを抑える成分があり、それを服用しながら仕事を続けているのだ。 でもたまに出ちゃってる時があって他の研究員に襲われそうになった事もあったけど、これまた上条さんやメンバーの皆さんが助けてくれるから、今まで無事にやってこれた。 ちなみに『つがい』というのは、αとΩの強い繋がりのことを言う。恋人関係より強く、本能的なもので、死ぬまで解消できないそうだ。 僕の母はΩだが、父という素敵なαを見つける事が出来て、昔も今もとても幸せだといつも僕に言う。僕はそんな両親に憧れていて、いつか素敵なαに巡り会える日を願っていた。 上条さんと出逢って恋に落ちて、僕はやっと探し求めてた人に逢えたと思った。 この人と『つがい』になりたいと、心から強く思った。 だけど―― 「はぁ~……上条さん、僕に興味ないのかな……」 自分で言ってて悲しくなる。僕はその場にしゃがみ込むと、膝に顔を埋めた。 上条さんを好きになった当初はどうすればいいかわからなくて、フェロモンの出し方も慣れてなくて、あちこちに無意識に振り撒いた結果、全然関係ない人まで誘惑しちゃってた。 だけど最近は自分でコントロール出来るようになってきて、特定の人物だけに向けてフェロモンを発する事が徐々に出来てきた。 でもどんなに頑張っても、上条さんは誘惑に乗ってきてくれなかった。 「さっきも結構頑張ったのになぁ……」 深いため息を一つ吐くと、おもむろに立ち上がる。自分の顔を一発パシンッと叩いて気合いを入れると、僕はトイレを後にした。 ――― 「じゃあそろそろ帰るか。キャップももう終わるだろ?」 「あ、はい!あともうちょっと……あ、でも上条さん先に帰っても大丈夫ですよ。」 「いや、俺もあとちょっとなんだ。」 「……ふふふ。」 上条さんのわかりにくい優しさに気付いて、僕はつい笑ってしまった。 「な、何だ!早く仕事を終わらせろ!!」 「はぁ~い♪」 今度は顔まで真っ赤にした上条さんを見て、僕は書類で顔を隠しながら笑った。 ――― 「乾杯!」 「……」 僕がジョッキを差し出すと、上条さんは無言で自分のを持ち上げた。チンという軽やかな音が僕らを包む。 僕はどこか夢心地な気分のまま、ビールを一気飲みした。 ここはいつも僕が行く居酒屋だ。帰り際突然上条さんと飲みに行きたくなった僕は、嫌がる彼を強引に引っ張ってきたのだ。 「はぁ~、うんまぁ~い♪」 「おいおい、キャップ……もう酔ってるのか?」 「酔ってませんよぉ~だ。」 「酔ってるだろ、明らかに。」 はぁ~、とため息をついた上条さんを見た僕は、また沸き上がってきた感情を今度は抑える事が出来なかった。 「上条さんはぁ~、僕の事嫌いですか~?」 「は?」 「答えて下さい。僕は~、上条さんがだぁ~いすきですけどぉ~」 「………」 「まただんまりですかぁ~?卑怯ですよ、僕ちゃんと言ったのに……」 「お、おい!キャップ?……んっ……!」 「んふふ。チューしちゃいました。」 上条さんの肩からそっと手を離して、にっこり笑う。 だけど呆気に取られた上条さんの顔を最後に、僕の意識は途切れた…… ――― 「え、あれ……?」 「起きたか。水飲むか?」 「あ、はい……」 全然働かない頭とは裏腹に、僕の手はちゃんと上条さんからペットボトルを受け取る。僕は水を飲みながら状況を把握した。 ここは上条さんの部屋、だろう。彼らしく綺麗に整頓されている。そして僕は自分の格好を見下ろした。 「……何で裸?」 「覚えてないのか。」 「え、えぇ……」 「キャップが自分で脱いだんだぞ、変な疑いかけるな。」 「……え?」 そういえば『暑い~!』と服を脱いだ記憶がある、ような気が…… 「す、すいませんでした!僕とってもお酒弱いんです。」 「だろうな。」 「あぁ~!ごめんなさい!お詫びに僕に出来る事なら何でもしますから、遠慮なく言って下さい!」 僕は自分の失態に、今まで寝ていたベッドの上で平謝りした。だから上条さんが一瞬ニヤリと笑みを浮かべた事には気付かなかった。 「何でもねぇ~じゃあまずは……」 「か、上条さん……?」 近付いてくる上条さんの気配に顔を上げる。思ったより近くに顔があって、思わず後ずさった。 「お前、俺とつがいになれ。」 「……え?」 上条さんの突然の言葉に固まる。呆然としていたら彼の指が僕の顎に触れた。 「聞こえなかったか。もう一度言って欲しいなら、欲しいと言ってみろ。」 「あ……」 顎をくいっと掬われて、上条さんの顔のアップが僕の視界を支配する。目を逸らす事も憚られて、僕はじっと彼のその黒い瞳を見つめた。 「ふっ……思いっきり出てるぞ、フェロモンっつうやつが。」 「えっ!」 さっきまではパニクってたからか気付かなかったが、確かに体の内側から熱が出ていて、ゆっくりと駆け巡っているのを感じる。 僕はすがるように上条さんを見た。 「上条さん……わかってたんですね。」 「あぁ。」 「なのに知らないフリしてたんですか?僕が貴方を振り向かせようと頑張ってたの、全部知っててっ……!」 「あぁ。」 「何でそんな酷い事っ…!」「だってキャップ虐めるの、楽しいから。」 「………」 呆れて言葉も出ない。だけど目の前でニヤニヤと笑うこの男が、僕はどうしようもなく好きなのだ。 「正直キャップのフェロモン攻撃には参ったがな。流石の俺でも何度か危ない時があった。」 苦笑交じりにそう言う上条さんを見ると、今まで見た事のない熱い視線で僕を見ている。体が無意識に跳ねた。 「今日は好都合な事に、キャップ自ら俺に囚われにきたみたいだし?」 「あ……」 「こういうのを据え膳って言うんだっけ?」 「上条さっ……」 「もう一度言うぞ、キャップ。……俺とつがいになれ。ちなみにお前に断る権利はない。」 ずっと前からこの日を夢見ていた。こんなにあっさり叶って、夢じゃないだろうかと何度もほっぺをつねった。 だけど夢は覚めなかった。僕はそっと彼の首に腕を回して抱きついた。 「ずっと……好きでした。初めて逢った時から……」 「……知ってた。」 「え?」 「それは俺も……だから。」 余りの事に呆然と上条さんの顔を見つめていると、我慢できないといった感じで顔を逸らした。 (あ……何か可愛い、かも?) 僕は今まで見た事のない彼の表情に笑みを深くした。 素敵なαと想いが一つになった瞬間。僕にも幸せがやってきたんだととても嬉しく思った。 つがいを見つけたΩは、もうフェロモンを出す事はないという。 だけど僕はいつまでも貴方に僕の気持ちを送りたいなぁ、って思うよ。 私の全てを貴方に―― ずっとずっと一緒にいて下さい。 .
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