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いっそ、ここへ雷が落ちて来ればいいのに。
一瞬で死ねるかもしれない。
そう思った葵は、ぎゅっと目を瞑った。
だが、その思いとは裏腹に、雷の音は、次第に遠のいていく。
とうとう自分を抑えきれなくなった葵は立ち上がり、手に握っていたコーヒー缶を、思いっきり地面にたたきつけたのだった。
スチール缶が甲高い音を立てて、アスファルトの地面で飛び跳ね、噴水広場に向かって、逃げるように坂をころころと転がっていく。
打ち捨てた缶ですら、容赦なく自分を置いて去っていくのだ。
あの滝村重人のように。――
どこか遠くで、自分の心の叫び声が聞こえた気がした。
今はただ、大声でわめき散らしたい。
私のどこがいけなかったのか。――
あの女のどこが気に入ったのか。――
考えても考えても、疑問は堂々めぐりするばかりだ。
葵は重い雲が流れゆく空を見上げる。まだ降り続く雨の中、おぼつかない足取りで濁った水溜りの上を歩きながら、来た道を帰るしかなかった。
入ってきた新入社員で後輩の上野沙耶。
可愛い笑顔で先輩社員たちを立て、さしでがましいことはせず、
でも仕事は早い。
愛らしい新人だった。
でも今は。――
今は殺してやりたい。――
あの笑顔で、あの愛らしさで、裏では人の恋人を取る女。
いやな女。
汚らわしい女。
葵の体が震えた。全身の肌が粟立ち、寒いほどだ。気分が悪くなる。
眩暈がして吐き気に襲われる。
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