夏の終わりの雨

3/12
前へ
/12ページ
次へ
 いっそ、ここへ雷が落ちて来ればいいのに。  一瞬で死ねるかもしれない。  そう思った(あおい)は、ぎゅっと目を瞑った。  だが、その思いとは裏腹に、雷の音は、次第に遠のいていく。  とうとう自分を抑えきれなくなった葵は立ち上がり、手に握っていたコーヒー缶を、思いっきり地面にたたきつけたのだった。  スチール缶が甲高い音を立てて、アスファルトの地面で飛び跳ね、噴水広場に向かって、逃げるように坂をころころと転がっていく。  打ち捨てた缶ですら、容赦なく自分を置いて去っていくのだ。  あの滝村重人(たきむらしげと)のように。――  どこか遠くで、自分の心の叫び声が聞こえた気がした。  今はただ、大声でわめき散らしたい。  私のどこがいけなかったのか。――  あの女のどこが気に入ったのか。――  考えても考えても、疑問は堂々めぐりするばかりだ。  葵は重い雲が流れゆく空を見上げる。まだ降り続く雨の中、おぼつかない足取りで濁った水溜りの上を歩きながら、来た道を帰るしかなかった。 入ってきた新入社員で後輩の上野沙耶(うえのさや)。 可愛い笑顔で先輩社員たちを立て、さしでがましいことはせず、 でも仕事は早い。 愛らしい新人だった。 でも今は。―― 今は殺してやりたい。―― あの笑顔で、あの愛らしさで、裏では人の恋人を取る女。 いやな女。 汚らわしい女。 葵の体が震えた。全身の肌が粟立ち、寒いほどだ。気分が悪くなる。 眩暈(めまい)がして吐き気に襲われる。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加