夏の終わりの雨

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 遠くで雷が鳴り始めていた。ひんやりした風が吹いて、辺りは次第に薄暗くなっていく。  にぎやかな蝉の声を聴きながら、小道をとぼとぼと歩いていた北沢葵(きたざわあおい)は思わず立ち止まり、夏の空を見上げる。  さっきまで晴れ渡っていた(まぶ)しい空が嘘のようだった。その空を(おお)い隠すようにに、むくむくと黒い雲が流れてきて、葵のいる公園一帯に垂れこめていた。  一瞬、暗くなった空が光る。針のような閃光(せんこう)が走り、続いて遠くで唸るような低い轟き。  もうすぐ夕立が来る。――  雨の気配を感じた(あおい)は、瞬く間に変わりゆく天候に慌てて、公園の芝生広場の一角に見える東屋(あずまや)へと()け込んだ。たどりついた古い切妻(きりづま)屋根の休憩所には、なぜか誰もいない。  こんな蒸し暑い夏の午後に、手入れのされていない雑草の伸びた公園を、わざわざ歩く人など珍しいのかもしれなかった。  軒下(のきした)に入った葵はベンチに腰掛けて、ようやく人心地付く。  ここなら大丈夫だ。――  手にしていたコーヒー缶のプルタブを引いた。香りはなかった。そして、ごくりと一口呑み込む。  この苦さがたまらない。  気が付けば、葵は、毎日、コーヒーばかり飲んでいた。これで今日は5本目。もうカフェイン中毒になりつつある。
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