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フクロウカフェ
京子ちゃんは動物を愛する、優しくて良い子だ。僕はそんな京子ちゃんに密やかな恋心を抱いていた。だけど、中々話しかけることが出来なかった。だって僕は京子ちゃんと違って、特に動物が好きなわけでもないし、共通の話題が見出だせなかったからだ。
授業中、僕は斜め前に座っている京子ちゃんのうなじをそれとなく見つめる。長い髪をポニーテールにして露になった青白いうなじは、まるで僕を誘っているかの様だった。ああ、麗しの京子ちゃん。僕はどうしたら良いのだろう?
放課後、漫画クラブに所属していた僕は、中野先輩に相談してみることにした。中野先輩は気っぷの良い、頼り甲斐のある人だ。
「あの……。中野先輩。ちょっと相談したいことがあるんですけど」
先輩はボブスタイルの髪をかき揚げると、腕組みして僕の顔をじっと見つめた。
「うんうん、『愛しの京子ちゃんにどうやって告ったら良いのでしょうか?』でしょう?」
「えっ。ど、どうして……」
「フフン。あんたを見てれば誰でも分かることよ。それに、あんたが京子ちゃんに気があるって、二年生は皆知ってるわよ」
「そ、そんな! 僕、どうしたら良いでしょうか?」
僕は顔が真っ赤になるのを感じた。顔は熱いのに背中は冷たかった。
「そうねえ。京子ちゃんって、動物好きだったわよね? 新しく出来たフクロウカフェにでも誘ってみれば?」
「フクロウカフェ……」
そうだ。それなら京子ちゃんを誘う口実になる。
金曜日、僕は思い切って京子ちゃんに声をかけた。
「あの、あのさあ。最近新しいフクロウカフェを見付けたんだ。京子ちゃん動物好きだっていうし、良かったら土日のどちらかにでも一緒に行ってみない?」
京子ちゃんは一瞬黙ったけど、すぐに笑顔になった。
「ええ、良いわ。私フクロウ大好きだし。行ってみましょう」
やった。僕は天にも昇る気分だった。僕らはお互いのLINEのアドレスを交換して、帰宅した。
日曜日。約束の日だ。僕は何を着て行けば良いか悩んでいた。あんまりキメ過ぎて、いかにもデートという感じだと、敬遠されてしまうかもしれない。かと言って、あんまりダサいのも困るしな。けど、どのみち僕は大して服を持っていないことに気が付いて、結局普段通りのジーンズとTシャツに落ち着いた。
僕は待ち合わせ時間より20分も前にフクロウカフェの前に居た。やはり最初が肝心だ。京子ちゃんを待たせるわけにはいかないからな。窓ガラス越しに店を覗くと、数羽のフクロウの姿が目に入った。本当に本物のフクロウが居るんだ。京子ちゃんはどう思うだろう? 僕はワクワクし始めた。
「こんな素敵なカフェを知ってるなんて、原田君たら素敵だわ」
とか……ならないか。
「ゴメン、待った?」
とうとう京子ちゃんがやって来た。時間ピッタリだ。
「いや、僕もさっき来たところだよ」
京子ちゃんはシックな白いギャザーブラウスにベージュのタイトスカートで、学校で見るよりずっと大人っぽかった。僕のためにお洒落してきてくれたのかと思うと、僕の心臓はドキドキした。
「よし、じゃあ入ってみようか」
僕たちは洒落たドアを開けた。
店内にはレトロな木製のテーブルと椅子が並んでいた。脇のコーナーにフクロウ達が止まる止まり木があり、フクロウ達はそこで脚にリーシュを付けられて繋がれている。もっと臭いとかするのかと思っていたけど、意外に無臭だった。
「先ず何か頼もうよ」
「そうね。えっと……私キャラメルマキアートにするわ」
「僕はブレンドコーヒーで良いや」
店員がオーダーを取りに来た。
「よろしければ、フクロウに触ることも出来ますよ」
「はい。えっと……。今は良いです。後で」
「分かりました。その時になったら声をかけて下さい」
店員はにこやかに笑うとオーダーを取ってカウンターへ消えていった。
「実際に間近でフクロウを見ると、何だかドキドキするね」
「そうね。実は私、前から来てみたかったのよね。誘ってくれてありがとう」
「いや、ははは」
これは良い感じだ。ここへ誘ったのは正解だったみたいだ。ありがとう、中野先輩。
運ばれてきたブレンドコーヒーを飲みながら、僕は必死に話題を探した。でも何も思い浮かばない。しばらく無言でコーヒーを飲んでいると、京子ちゃんが口を開いた。
「あれはメンフクロウ、隣がウラルフクロウで、その向こうに居るのがタテジマフクロウね」
「そうなんだ。詳しいんだね」
「どれも美しいし、可愛いわ」
京子ちゃんは興奮気味に話した。僕は今日のデートの成功を確信した。
「京子ちゃん。フクロウに触ってみない?」
「ええ。そうね」
僕は店員に声をかけ、フクロウに触らせてもらうことにした。店員は僕らを止まり木の所まで案内して、一羽のフクロウを京子ちゃんの腕に止まらせた。
「こちらはメンフクロウという種類です。映画『ハリー・ポッター』にも登場しましたよ」
白い人間に良く似た顔のメンフクロウは、首をユーモラスに傾げた。京子ちゃんは興奮を抑えた様子で、フクロウをじっと見つめている。そして、いよいよ興奮を抑えきれなくなったのか、潤んだ目で僕に向かって熱っぽく語りかけた。
「原田くん……。ありがとう。私……もう我慢できない」
えっ。そ、それは困る。こんなところで欲情されても、時と場所というものが……。
京子ちゃんはポケットからハサミを取り出すと、リーシュをバチン! と切断した。唖然とする僕を尻目に、次々とリーシュを切断すると、止めようとする店員を振り切って、椅子を持ち上げて思い切り窓ガラスに叩きつけた。割れて飛び散る窓ガラス。
「さあ、お前たち! もう自由よ! 好きなところに行って、好きに生きなさい!」
「きょ、京子ちゃん!」
「原田くん、私の気持ちを理解してくれてありがとう! やはりフクロウは大自然で羽ばたくべきよね」
「ええーっ!?」
その後、警察が呼ばれて僕らはしこたま怒られた。そして、何故か店の弁償代は僕も被る事になったのだった。
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