1. ウサギとタキシード

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「この間、電車で転びかけた子だよな?」 うつむいたままの私に彼が声をかけた。 「お前が女子を覚えて、気にかけるなんて珍しいな」 多田くんの声が響く。 「いや、印象が強すぎて」 「どんな印象?」 美優が興奮したように大きな声で尋ねる。 「ありえない体勢で転びかけていて、面白すぎて」 面白い?  「本気で転びそうになっていたのに失礼じゃない?」 あまりの言いように頭を上げて反論すると、綺麗な二重の目が私をじっと見つめていた。 「やっとこっち見たな」 ニッと口角を上げるその姿さえカッコイイなんて、どこまでも嫌味だ。 「どれだけバランス感覚悪いんだよ」 「余計なお世話です。仕方ないでしょ」 「ハイハイ。言っとくけど、俺は友だちになるのを拒否してないけど?」 余裕綽々に言い返されて反応に困る。 やはり先ほどの失言は聞かれていたらしい。 「柏崎玲生です。よろしく、紺野彩希さん?」 「私の名前……!」 まさか、覚えていたの?  とっくに忘れていると思っていたのに。 信じられなくて、瞬きを繰り返す。 「驚きすぎだろ」 「玲生が普段、女友だちをつくろうとしないからだろ。そんなに彩希ちゃんと友だちになりたかったのか」 クックと声を漏らしながら、多田くんが面白そうに話す。 「成亮、うるさい」
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