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「――それにしても柏崎遅いわね。久しぶりの東京だから迷ってるのかな」
ふいに亜子が発した名前に、思わず箸を取り落とした。
「どうしたの、彩希? 大丈夫?」
「ち、ちょっと手が滑って……あの、柏崎って……」
暴れ出す鼓動を無理やり押さえ、平静を装って尋ねる。
この七年間必死に遠ざけてきた名前を耳にして、動揺を隠せない。
落ち着いて。
特段珍しい苗字でもないし、きっと人違いよ。
無意識に早まる鼓動を無理やり押さえつけ、自分に言い聞かせる。
美優からも彼の話は聞いていないし、この先尋ねるつもりもない。
念のため親友には私の新しい連絡先を伝えないようお願いしている。
美優は文房具メーカーに就職し、大手商社に勤務する多田くんと今も交際をしている。
ふたりの間には結婚話も出ているらしい。
一方の私は、もうずっと恋人はいない。
就職してすぐ交際した人がいたが、長続きしなかった。
「知らない? 大阪から異動してくる同期よ。昨日着任だから参加するって言ってたの」
「うん、それは佳澄に聞いたけど……あの、名前が」
「――ごめん、遅れた」
そのとき、出入り口から男性の低い声が聞こえた。
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