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糢袈はトートバッグから日記帳を取り出すと、〝絶対に忘れたくはない重要な事柄〟を、文字が雑にならないように注意しながら急いで書き記した。
「弥生、もしこの後、俺が眠って倒れたとしても、今から俺が弥生に伝える事をちゃんと聞いて、覚えて、絶対に忘れないでほしい」
青信号が点滅する。
決意した糢袈が大きく一つ深呼吸をする。
「弥生ーー!! 俺はメチャクチャ格好良い弥生の事が、メチャクチャ大好きだぁーーー!!」
そう大声で叫ぶと同時に糢袈は横断歩道を走って渡った。
弥生だけではなく、周囲にいた人達も驚いた顔で一斉に糢袈のほうを見る。
そんな四方八方から集中された視線を振り切るかのように、糢袈は猛スピードで道路の反対側へと移動してしまった。
激しく息切れはするが、運良く持病は発症しなかった。
顔が熱い。鏡で確認しなくても赤面しているのは分かりきっている。
弥生も直ぐに横断歩道を走って渡ろうとしたが、残念な事に信号は完全に赤へと変わってしまった。
沢山の自動車に阻まれて、糢袈が今、どんな表情で弥生を見ているのか分からない。
信号が再び青になったら、横断歩道のド真ん中で、皆の注目を浴びながらキスしちゃおうか。
信号を待っているほんの数分間ですら焦れったくて、弥生はその場で軽く足踏みをしている。
車が邪魔だね。
赤信号でも、今すぐそっちに渡りたい。
そうだよ。今、渡っちゃおう。
弥生がそう決めて足を前に踏み出したその直後、信号がちょうど青に変わった。
どうもありがとう。
そうして、このターンだけ青の時間を長くして下さい。
赤に変わるその前に、最も愛しい恋人が幸せ一杯に笑うその顔を、赤信号よりも赤く染めて、もっと最高の笑顔にしてみせるから。
♚ ━━━ Fin ━━━ ♚
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