第1章

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          時計の針がもうすぐ朝の八時を刻もうとしている。  弥生は自分のベッドへと足を運んだ。  弥生の恋人はまだ熟睡中だった。  そして、その寝姿をよく観察する。  弥生が恋人の耳朶を軽く弄くると、恋人は(くすぐ)ったそうに寝返りを打った。  良かった。これはごく普通の睡眠だ。 〝持病〟の睡眠ではない事に弥生は安堵の息を静かに吐いた。  恋人のあどけない可愛らしい寝顔に見惚れた弥生は朝から欲情する。  昨夜も体力と性慾が尽きるまで無我夢中になって恋人の身体をとことん貪り、堪能し、執拗に愛撫して営んだというのに、弥生は恋人に関してだけは無欲になれず、どこまでも我儘になる。  枕元には恋人の地味な眼鏡にスマートフォン、そしてノートが一冊置かれている。  そのノートを手に取り、中身のページをパラパラと捲る。このノートは恋人の日記帳みたいなもので、謂わばプライベートが凝縮されているも同然だ。  万が一、忘れてしまう可能性もある事から、最悪な事態に備えて、弥生は恋人の日記帳を勝手に見ても良い許可を貰っている。その特別な権利を許されている弥生は最後のページに書かれた文面に目を通した。  そこには日付と時間、そしてこれから弥生と情交を行う事が細かく書き記されている。  弥生も常に一冊のノートを肌身離さず持ち歩いているが、弥生がノートに書くのは恋人に関する事だけだ。  弥生の日記帳の最終ページにも日付と時間、そして『今からモカとセックスをする』と、昨夜の事が書き記されている。  こんな事を赤裸々に書くだなんて、端から見たらただのバカップルに映るのだろうが、松崎(まつざき)糢袈(もか)と付き合っていくと決めた以上は、必ず忘れてならない大切な日課の一つなのだ。  書き忘れてしまったら、大変な事態を引き起こしてしまう場合も有り得るからだ。  しかし、糢袈を欲するあまり、理性が利かずについ暴走してしまい、ノートにメモする事を忘れてしまう事もある為、それだけは絶対に気をつけなくてはならないと弥生は肝に銘じる。       
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