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金子と岩見が店を出る頃には「ルージュ」も閉店時間だった。
「ママ今日は?」
期待に満ちた目で岩見は、綾乃を見たが彼女はそっと彼の腕に手を置いてから「ごめんなさい。明日少し朝から用事があるの。」と
やんわりと彼の誘いを断った。
金子が、一緒にいなければそんな用事は日を改めろと言い出す岩見だが金子の手前そうも言えずに大人しく引き下がった。
「また今度埋め合わせするわね。」
「ああ、期待してるよ。」
岩見は、妖艶に笑う綾乃の姿をみて後ろ髪が引かれる思いでタクシーに乗り込んだ。
そのタクシーが見えなくなってから綾乃が店に戻るとそこには普段着のヨルが座っていた。
「綾乃さん、ありがとう。」
「いいのよ。あの男はもう駄目だしね。」
綾乃は気だるそうにそう言うと、
「しかしあの男達はクズよね。」
とかなりご立腹な様子の綾乃にヨルはクスっと笑う。
ヨルと言う名前は源氏名で本名ではない。
「でもかなりギリギリまで引っ張ったんだね。」
「ええ、私は、夜の蝶だから破綻しない程度で男に疑似恋愛させるのが仕事だわ。」
「まあな、うちの母もそうだったしな。」
「でも、貴方までこの世界に入ってくる事は無かったのにと言ってもあれだけの店を経営しているのだから才能かもね。」
「俺だけの力じゃないよ。それで・・綾乃さんからみてどう?」
「そうね、金子は、何かを企んでるみたいだわ。」
私が思うにと綾乃は、今までこの夜の世界での経験からある程度男の行動が読めた。
「金子は、彼女の私生活を攻めるつもりなんじゃない?彼女の弱みを知ってる可能性は高いわね。」
「なるほどな。」
「それに彼女が、手掛けているプロジェクトの企画書を明日岩見から手に入れると思うわ。彼女が自分から退職すると言うように仕向けるって言ってたしね・・。」
綾乃は、岩見と金子の会話の一部始終をヨルに伝えた。
綾乃は、駆け出しのホステスの時にヨルの母親の店で働いていた事がありそのママに一流のホステスに育ててもらった事を感謝していた。
「静香ママのお墓参り行きなさいよ。」
「ああ、嫁と行くよ。」そう言って手をヒラヒラとしながら彼は帰って行った。
年の離れた弟のような彼の母親をしたう夜の蝶は今だに多い。
ヨルの母親は、静香と言って当時この界隈でかなり有名なホステスだった。
その後自分の店を構えてからは、ママとして慕われていた。
その頃のママに育てられたホステスの一人が綾乃だ。
「ママも喜ぶわね。」
静香は、病で亡くなったがその一人息子がヨルで仕事が忙しい事もあり自分で育てるのが難しかった静香はヨルを有料の施設に子育てを委ねた。
今でもそうだが普通の一般職でも女性が、子育てをしながら仕事を継続するのは簡単でないのに、それに輪をかけて夜の世界となると一段と難しい。
ヨルは、そんな静香ママの事情を最初は理解できずにいたが同じ世界にはいり少しは理解できたのかもしれない。
「でも可愛い~嫁ってちゃんと言うんだから。」
結婚したというのは聞いていた、彼が家庭を持っているというのは想像は出来ないが、少なくても誰かを愛して愛されているのだと思うと静香ママも喜ぶだろうと綾乃は思った。
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