モフが迷い込んだ

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 玖荼呂殿へはさほどかからないで着いた。  ドアの前から声をかけてみるが返事がないので、二回ノックしてから中へ入ると、すでに二匹は出て行った後だった。  微かに空いてある窓から聞こえる二匹の声。  疲れたニャンというのは、声からして仁だろう。  思えば、仁って可愛い盛から歳は取らないのか? ちょっと疑問だが、餌を与えても心身ともに大きくなった感じはしない。  流宇も、仁よりは大きいとはいえ、大人猫なのかと思えばよくわからなくなってきた。  もふの事は、考えてもわからないのだ。  部屋から出たところで、思わず悲鳴を上げてしまいそうになった。  いつからそこにいたのかわからないくらい、先ほどの黒猫の子猫(本当は黒豹の赤ちゃん)が、部屋の外でちょこんと座って待っていたのだ。 「あら、あそこから抜け出したの?」  愛憐がしゃがんで頭を撫でいたら、背後から男の声がして振り向くと浪がいた。 「愛憐様、こんなところで何をなさっているのです?」 「黒猫の子猫を撫でているの。仁より小さくて可愛いよね」 「本当、可愛いですが……こいつは猫じゃないっすね。おそらく、俺の勘が合っているなら黒豹の子供ですよ。猫科の生き物なんで、赤ちゃんのうちは区別つきにくいですけどね。珠羅様に用があるのだけど、まだ宮殿内にいますか?」  愛憐の隣にしゃがんで黒豹の赤ちゃんの頭を撫でながら聞いてきた。 「多分、沙吏殿にまだいるかもしれないけど……。珠羅様の行動は把握していないから、今もそこにいるか自信ないなぁ」 「大丈夫です。ありがとうございました。ちょっと行ってきます」  立ち上がると、浪は軽く手を振って沙吏殿目指して走っていった。  狼だから脚は早くて愛憐より早くに沙吏殿へとたどり着く事だろう。  同じ獣耳のついた種族でも、猫と狼では身体の作りが違うのか、下界にいた頃からの運動神経に違いがあるのかは、愛憐にはなんともわからない。  思えば、愛憐は、走っているのに歩いてると言われた事があったとかなかったとか。 (私もこんなところで油を売ってばかりいられないんだ。とりあえず、沙吏殿にこの子を連れて行こう。あ、仁を呼んでこいと頼まれてたっけ)  腕に黒豹の赤ちゃんを抱っこしたまま、まずは仁を呼びに庭に出てみる。  仁の、あ~流宇の鬼~! 加減しろニャン! という歎きが聞こえて来たので居場所が特定できた愛憐は急ぎ足で向かった。 「えぐえぐ……」  涙で潤っている瞳を愛憐に向けて来た仁だが、愛憐がすぐに自分を抱っこ出来ない事に気づいた。  愛憐の腕の中からみゃぁと、自分より幼いの鳴き声を聞くと甘える事は困難だ。  だけど、泣きまねをしていると愛憐は、どうしたのかと事情を聞いてきた。 「流宇が……我に厳し過ぎニャン……パパ猫は、優しかったニャン……。パパ猫がいたらきつく言って欲しいニャン……」  仁の言葉に流宇は困った。 (その優しかったパパ猫は、今、お前を厳しく指導する先輩猫になっているんだよ……って、いつか言えたら楽になるか……。猫神様の子供だからと、愛憐様を初め、他の人たちは甘いのだ。浪は飴と鞭の使い方がよくできてるが……)  流宇は心の内の言葉を聞かせてやりたい気持ちになるが、グッと堪える。  一歳になるかくらいの年齢で、一度は魂が抜けかけたところで、神になった自分が引き戻して神の子供にしてしまった。  それが、異世界という特殊な空間であっという間に認知される事になったのは誤算だったが、この世界で少しずつ成長して欲しくて、指導者を買って出たのだ。  流宇という猫に分してまで、我が子をしつけるのは親として自然な振る舞いだと思っている。 「パパ猫で思い出したけど、珠羅様が呼んでいるから少し急いで来て欲しいの」  愛憐は思い出したので、珠羅のいる部屋へ急ぐよう促した。  仁は、嘘泣きが通じなかった事にちょっと凹んだが、愛憐の腕の中のみゃぁという生後間もない赤ちゃんの鳴き声には敵わないのだ。  同時に、人間というのは、小さく弱々しく可愛い生き物が大好きだと言う事を悟った。 (我の世話係は、愛憐さんなのに……くそ、コイツのせいで……)  仁は、愛憐の腕の中のに小さく威嚇した。  まさか、黒豹の赤ちゃんだと知らないで……。
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