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なんだかんだで、愛憐は頑張って走ったが結局は遅く沙吏殿に着いてしまった。
「愛憐も同席か?」
「はい、この子を連れて来たので……」
愛憐の腕の中から飛び出したのは黒豹の赤ちゃんだ。
「妖憐、この子か?」
珠羅様に呼ばれたベテラン侍女が、どれどれと身を乗り出して円卓の上に器用に乗った黒豹の赤ちゃんをじっくり眺めてから、間違いないですと伝えた。
「浪が言うには黒豹の赤ちゃんだそうです」
「なんと! 黒豹の赤ちゃん? どこから来たのだ?」
珠羅様の瞳がキラキラと輝く。
このモフラーを、なんとか出来ないのだろうか?
「下界から転生してきたわけではなさそうです。猫神様のご友人の神豹のお子にございます」
「パパ猫の友人の子供ニャン? 我は何も聞かされてないけど、流宇には教えるとか、パパ猫の馬鹿ニャン。我は可愛くないのかニャン?」
ここへ来て、仁は最大にいじける。
「珠羅様のモフラーはわかりました。この子を帰すのか帰さないのかどちらになさいますか?」
愛憐に足を軽く踏まれ我に返る珠羅は、黒豹の赤ちゃんを撫でるのを中断して、ここに集まった人たちに置いておくなら親の豹が来るまでの間がよいか? そう尋ねた。
「みんなは、我よりその子が可愛いのニャン……。我はちょっと散歩して来るニャン」
「誰も仁より可愛いなんて言ってないじゃない。そりゃ、仁はお兄ちゃんになるのだから、我慢しないといけない事が出てくる。だけど、私は世話係を放棄しないから安心してね」
「わかったニャン。信じるニャン」
愛憐がなんとかなだめたら、仁は出て行くのをあきらめた。
「俺は、親豹が来るまでの間がよいと考えてます。神が我が子を簡単に捨てるとは考えられませんし……。珠羅様、妖憐さんなら任せられると思います。かつては、前皇帝との間に設けた秘密の子すら育てた経験があるので、適任者ではないですか?」
流宇の考えを聞いた珠羅は、しばし考えいる。
愛憐が来る何年も前の話だ。
珠羅の父がこの国を治めていた頃、妖憐は父王に仕えていた。
妻子ありながら、父王はいつの日にか妖憐に惹かれていって、しまいにはけじめをつけるためにと妖憐を抱いた事があった。
この一夜の過ちが、流宇の言う秘密の子を身篭った妖憐は、一時は後宮から離れてひっそりと子育てをしていた。
そんなある日、珠羅の母君が原因不明の病に伏せていたのだが、容態が悪化したらすぐに命を落とした。
その事もあり、父王は後妻として妖憐を后にしたという経緯があり、今に至るわけだが、后になった妖憐は珠羅たち息子の他に自分が腹を痛めて産んだ子を育てあげたのだが、まさか再び、その子育ての経営を活かす時が来ようとは思いもしなかった。
「愛憐には後で教えるとして、この子の世話係を妖憐に一任する。異論があれば述べよ」
珠羅の発した言葉で一同は、妖憐を注目する。
「必要とされるのであれば、喜んで世話係を引き受けましょう」
妖憐は、腰を折り真っすぐに礼をした。
そんな時だった。
外から女性の悲鳴が聞こえてきた。
まさかこの黒豹の赤ちゃんの親が来たというのか?
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