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「どうした?」
誰よりも先に駆けつけたのは浪だった。
「何か黒っぽいモノが急に現れて……どこへ行ったのか見失いました」
庭にいた可憐が、見失った先を指さして伝えた。
「あっちへ行け!」
何やら杖を振りかざしているのは、羅宇国には居ないはずの那陀だった。
魔法を使えるのでここへの移動も容易かったのだろう。
「那陀殿がどうしてここへ?」
部屋から出てきた愛憐に尋ねられた少女(のように見えるが実は成人女性)は、黒づくめの衣装に身を包んでいるので月明りの下では妖しく美しく輝いて見えるが、ここへ単身乗り込んで来たのは何が目的があったのか?
那陀が振りかざした杖から何かが発したのか、ぐううううううと低く唸る生き物の声が聞こえる。
「どうしたというのだ?」
ランプを片手に表れた珠羅。
「珠羅様、那陀殿がお見えになってます。可憐、どうしたのか教えて?」
「はい、わたしが花摘みをしていたら、何かが横切ってびっくりしていたら、また何かが空から降って来たかのように見えて驚いてあのような声をあげてしまったのですが……、どうやら一つ目の黒い影は人のようですが、なんの用でしょう?」
那陀がいる理由については可憐も知らないようだ。
「我が国から豹が逃げ出したと来たので、大急ぎでこちらへ来たのです。ちょうど幼い鳴き声を聞きつけたので……」
魔法使いというのは耳もいいのだろうか。
異能があるというのは便利なものだなと、愛憐はどうでもよい感想を持った。
「どうぞこちらへ。可憐、動けるようならおもてなしを」
「あ、はい。ただいま用意してまいります」
中腰になり深々と頭を下げてから急いで台所へと行ってしまった。
那陀は、沙吏殿の応接間へ案内された。
奥のソファーに座るよう促され、浅く腰を下ろした那陀。
杖を大事そうに膝上に置いてある。
「先ほど国から豹が逃げ出したとおっしゃってましたね。それはこの子の親豹でしょうか?」
そう言って愛憐は赤ちゃんの黒豹を見せた。
「この子です。母豹が父豹以外の雄の豹と喧嘩して逃げ出したらしくて……。その時、母豹は口に子どもを咥えていたので、何か様子がおかしいと注視していたのだけど、私は薬草が必要かもと思って途中で目を離してしまいました。そしたら、一瞬の出来事だったのでしょう。あっという間に母豹も子どもの豹の姿がなくなってたんです。まさか、ここへたどり着くとは思いもしませんでしたが、私の勘が当たったみたいで……。たぶん、まだ庭に母豹はどこかにいると思います」
子を探す母豹がうろついているとすれば、また可憐が襲われないとも限らない。
「ちょっと俺、様子を見てきます」
「頼む。母豹を掴まえたら教えてくれるか」
「はい、陛下。あの……流宇も連れて行っていいですか?」
「構わない。流宇、一緒に行ってやってくれ」
「はい。仁、お前はおとなしくしているのだぞ」
「わ、わかったニャン。子ども扱いしないでニャン」
浪と流宇が庭先へ出ていく様子をやや機嫌悪そうに見送ったのは仁だった。
月明りが頼りなこの後宮には照らす灯りが少ないために、ランプを持ち歩く必要がある。
浪は、狼だから目を光らせてランプの代わりにもなるが、狼の姿になるのはやめておいた。
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