本性

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本性

 屋上で待っていると、ガチャリと扉が開いた。 彼女は僕を見て、微笑む。 「で、なんで呼び出したの?」 彼女の手には何もなかった。 どうやら、お弁当などは持ってきていないようだ。 彼女はゆっくりと僕の隣に腰掛ける。 「……僕、見ちゃったんだ 君が独り言を言っているところ」 僕はあの日のことを説明した。 いずれ言わなくてはいけなかったことだ。 それをいつ言ったって構わないだろう。 ……それに、これは僕の決めたことだ。 そう思って。 「……そう」 彼女は俯いたあと、僕の方に顔が見えないように空を見上げた。 彼女は今、どんな顔をしてるのだろう。 「……それを見てどう思った?」 彼女は僕と明後日の方向を向いて、そう僕に聞いてきた。 「え? どうって……」 どうって言われても。 なんて返せばいいかわからないまま、時間は流れる。 すると、彼女はクスクスと笑いだし、やがて悪人のように高笑いをし始めた。 「えっ、えっ……?」 笑い出す彼女に動揺を隠せない。 それすらも滑稽と思ったのか、彼女は腹を抱えて笑い出す。 そして笑い終えたあと、出てきた涙を拭いながら僕にこういった。 「私のこと……ちゃんと、哀れんでくれた?」 彼女の目は輝いていた。 僕は何も言えず、彼女はただ言葉を続ける。 「哀れんで哀れんで哀れんで…… はぁぁ……その瞳がいいの! 可哀想って思ってくれるその態度と言葉と視線と…… はぁぁぁ……素晴らしいわぁ……」 頬を赤らめ、まるで誰かに思いを馳せている人のように、彼女は体を揺さぶり、興奮し始めた。 僕は彼女と距離を取る。 流石に誰でもこんな感じになるだろう。 引き気味になった僕に、彼女は真顔で首を傾げた。 「なんで? なんでそんな顔するの?」 彼女はなんだか、怒っているようにも聞こえるトーンで話し出す。 「私はね、不幸になりたいんだ 不幸になって、みんなにちやほやされて、可哀想だからって恵まれて でもその恵まれたものすらも壊したいの ふふふっ……あはははっ……変だと思う? 思うでしょうねぇ……私はだって、こういう人間だもの」 彼女は立ち上がり、空を仰いだ。 そして、僕の方に悪人面の顔を向ける。 「私が不幸になるためなら、私は手段を選ばないの ……もし、あなたが邪魔するなら……ねぇ?」 彼女は僕にだんだん近づいてくる。 「な、何……する気……?」 怖くて後退りする僕。 「ふふふっ、大丈夫よ 邪魔しないなら野放しにしてあげるから」 彼女はニコニコ笑っていた。 「じゃ、邪魔しない! しないから!!!」 僕は必死に訴えるが、彼女の足は止まってくれない。 「そう言われてももう無駄よ 私のことを一度助けてしまってるもの」 彼女のことを……助けた? 僕は記憶の中を探る。 そして、突っ込んできたトラックから彼女を助けたことを思い出した。 「あ、あれは……」 彼女は鬼の形相でこちらに速歩きで踏み込んできた。 「あれは邪魔っていうでしょう!? ……あれほど早いトラックが突っ込んできたら、また大怪我できて、悲劇のヒロインを演じられたのに…… まぁ、最悪死んでも、もう家族は殺したし」 彼女の言葉に、僕は違和感を覚えた。 「殺した……?? でも、あれって事故じゃ……」 僕の問いに、彼女はふっと笑った。 「あれは私が起こしたの お父さんの吸い殻に火を付けて、新聞紙の上においたら簡単に燃えちゃった まぁ、口うるさいし、お前はいらないだの言って暴力振るような両親がいなくなって、清々してるけれど」 僕は息を呑んだ。 なんで、どうして、と思った。 彼女は、本当はそんなことしたくないんじゃないか……? 「君は……本心でこんなことしてるのか……?」 思ったことが口から溢れる。 「当たり前でしょ? 私は思ったこと以外、やらないし、やろうとも思わない」 彼女の声は少し震えてるように聞こえた。 「こんなことして……ほんとに楽しいのか!!??」 僕はいつの間にか、彼女に情を抱いていた。 変わってほしい、今からでもまだ遅くない。 なら、僕が変えるんだ、彼女を。 「うるさい!!! 私はこれが一番最善だと思って……」 彼女はそこまで言って口を抑えた。 どうやらこれは、彼女の『最善』らしく、彼女の『本心』ではないらしい。 「……ほら、今からでも遅くないから……」 『変わろう?』と言おうとしたとき。 「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!!!!!」 彼女の華奢な体では想像もできないような声が響き渡った。 「あんたに私の何がわかる!! 何も知らないくせに軽口叩いて、バカにして、下卑にして!!! これは私の生き方なんだよ 口出すんじゃねぇよ!!!」 確かに彼女の言うとおりだ。 でも、それでも。 僕は放っておけなかった。 自然と体と口は動く。 「確かに、君の言うとおりかもしれない 僕は君に口出しをしていい立場じゃない でも、それでも!! 君を放っておけないんだよ!!」 彼女は大声で僕に反論する。 「うるさい!! 私の邪魔をするなら……ここで……ここで殺してやる……!!」 彼女の目は憎悪に溢れていた。 まるで番犬のように彼女に鋭く睨まれる。 でも、僕は怯まず続ける。 「僕のことはどうなったっていいよ」 彼女はその言葉を聞いて、「はっ」とあざ笑った。 「どうなってもいい? 私に殺されかけるかもしれないのに? あんた、敵に生死を預けてるようなもんだよ?」 明らかに動揺している彼女に、僕は「それでもいいよ」と答えた。 「……なにそれ、あんた本物の馬鹿じゃん」 いつもの彼女とは違うが、やはり彼女は澪だ。 澪は澪のままだった。 きっと、人を殺すのすら怖いんだろう。 本当は、両親を殺すことすら怖かったはずだ。 僕は屋上のフェンスの外へと追いやられる。 運がいいのか、悪いのか、この学校の屋上にはフェンスが一区切りしかつけられておらず、少しだけ飛び降りれるくらいの隙間が空いていた。 そこに僕は追いやられていく。 追い詰められ、ついにはもう、後ずされないくらいになってしまった。
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