見られたくない時に限って人に見られる

2/8
前へ
/24ページ
次へ
 カタン  音に驚き、つい其方を見てしまった。 「珍しい」  そう言ったのは、俺ではなくて女生徒の方。珍しい、という意味が理解出来ずに首を傾げる俺。女生徒は無言で俺に近付いて来て「はい」と何かを差し出してきた。……タオル? 「何かあったの? なんて尋ねる気はないけど、拭く物くらいは貸せるよ。それ、今日は使ってないから安心して使うといい」  女生徒の言葉に、俺は更に首を傾げると彼女は溜め息をついて「泣いてる」と呟くように俺に言葉を投げかけた。ないてる……泣いてる?  慌てて頬を触れば確かに俺の頬が濡れていた。差し出されたタオルは受け取って無かったけれど、彼女が長机の上に置いたから俺はそっとそのタオルを手にして頬を拭う。タオルから顔を離さずチラリと目だけで周囲を窺えば、彼女はもうこちらを見ても居なくて本棚の向こうへ姿を消す寸前だった。  俺がタオルを使おうと使わずと、どちらでも良かったのかもしれない。だが、泣いていた所を見られた恥ずかしさから俺は気不味さを抱えつつ、彼女の後を追う。タオルを返す、という大義名分を掲げて。 「あの」 「タオル、役に立った?」 「ああ、うん、ありがとう」  差し出せば「どういたしまして」と受け取って、鞄の中に入れた。まだ立ち去らない俺に視線だけで何か用か? と問いかけてくる。 「ええと、その」 「……ああ、泣いていた事を誰かに吹聴する気は無いので安心して。高橋君」 「俺の事、知って……?」 「そりゃあ、有名人だもの。うちの高校はこの辺りじゃそれなりに有名な進学校でしょう。学業の成績も良いけれど、サッカーのレギュラーとして活躍していて、エース、だとか。後、美人の幼馴染みマネージャーが恋人で、公私共に順風満帆だって噂されてるわよ、高橋直人君」 「あー……」  周囲の噂をきちんと聞いているらしい彼女に、何とも言えない表情を浮かべていると思う。こういう噂を聞いた女の子達からキャーキャー言われるのは日常茶飯事で、あと、彼女が居るって解っているのに告白もされる。  けど、目の前の彼女は、聞いた噂を告げただけで、それ以上の反応は見せない。初めての事でちょっと驚いた。ちなみに、泣いてた事を吹聴しない、と言って俺の噂を告げた後は、もう俺に興味が無いように本を開く。……本当にこんな反応は初めてだ。 「まだ、何か?」  俺が黙ったまま居る事に溜め息をまたついた彼女。 「俺の名前を知ってるんだし、君の名前を教えて。一方的に知られているのは何か嫌だ。あと、珍しい、の言葉の意味を教えて欲しい」  思ったことをそのまま言えば、彼女は目を丸くしてから、自分が座っている長机の反対側を示した。多分、座って、という事なのだろう。名乗るだけなら彼女からちょっと離れた所に立ち続けている俺に、そのまま言えばいいだけだから、珍しいという意味の説明が長くなる、という事なのだろうか。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加