いつかまた誰かを好きになれるのか

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「そういえばさぁ」  鈴木さんからの告白らしきものを受けてから数日。今日は1学期終了の日。式を終えてこれから部活のため、サッカー部員で集まって昼メシの時間。不意にメンバーが口を開けた。 「おい、メシ食べ切ってからにしろよ。米粒飛ぶぞ」  隣に居た奴が笑いつつ、話を切り出した奴に話を促す。 「さっき、部室の鍵を借りに職員室行ったら、8組の鈴木さんが居てさ」 「おー、文芸同好会の鈴木さん」  直ぐに話している奴の隣の奴が反応する。どうやら文芸同好会たった1人の会員である鈴木さんは、知ってる奴も多いらしい。 「そう。その鈴木さん、転校するみたいだなー」  ……は? 「あー、そうそう。さっきのホームルームで挨拶してたしてた」  職員室で鍵を借りた奴の話に、俺は戸惑う。そこへ、確か8組だった奴が頷いた。……どう、いう、こと、だ。 「なぁ、その話……」  俺が堪らずに詳しく聞こうとしたのに、もう話題が変わってしまい。強引に尋ねるのも気が引けて、メシは食べ終わったし、まだ部活が始まるまで時間は有る。俺は「ちょっと用足し」ってその場を抜けて職員室へ向かった。引き戸の上半分の窓からはもう鈴木さんの姿は見えなくて。  帰った? 俺に何も言わずに?  そう思って拳を握る。けど、考えてみたら、鈴木さんとは友人とも言えない関係で。ただ第3図書室で何度か会っただけで。だから俺に転校の話なんて、する必要も無い事に気付く。  そう理解出来るのに。それでも俺の身体は鈴木さんを探そうと走り始めて、もう学校を出てしまったかもしれない、とも思うのに、どうしても鈴木さんを探してしまう。 「あ、第3図書室……」  彼女の居場所。  たった1人だけの文芸同好会の活動場所。  もし、本当に転校するのなら、最後に行かないだろうか。  俺なら、そうする、と思う。  もう、帰ったかもしれないのに。  でも、一縷の望みを懸けて。  俺は第3図書室へ走る。  息を整えて、そっ……とドアを引く。  ーー開いた。  絶対、鈴木さんは、此処に居る。 「鈴木さん?」  中を覗き込んでも鈴木さんの姿は見えなくて、微かに鈴木さんの名前を呼びかけながら、本棚の向こうの机へ足を向ける。ぼんやりと座る鈴木さんの後ろ姿が視界に入った。  何故だろう。  その背中が小さく見えて、消えそうに見えて。  手を……伸ばしたくなる。伸びかけた手をギュッと握って、もう一度呼びかけた。 「鈴木さん」  肩が跳ねてバッと振り向いた鈴木さんの顔は、最初よりも随分と表情豊かで、驚きに満ちたもの。  彼女の表情をこうして変えられるのが俺だけだったとしたら。  そう思うと、なんだか優越感に浸ってしまう。ちょっとだけ緩みそうになる口元を引き締めて、驚いたままの鈴木さんに近付いた。鈴木さんは、ジッと俺から視線を外さず。  俺が彼女の隣に立って、初めて気づいたように椅子からガタガタッと立ち上がる。転びそうな鈴木さんの腕を咄嗟に掴んで、きちんと立たせてあげると、薄らと赤くなった耳や頬をしながら「な、なんで、此処に」と今までで一番小さな声で、言葉を紡いだ。
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