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「握手」
鈴木さんは別れの握手だと気付いたらしい。微笑んでそっと握り返してくれた。
「高橋君……」
握手を交わしながら鈴木さんが意を決したようにグッと力を入れる。
「うん?」
「私、嘘をつきました」
「嘘?」
えっ、このタイミングで何を言い出すんだろう。鈴木さんは。
「私……“ゆき”って言いましたけど。本当は由紀って漢字で書いて“ゆうき”って読むんです」
「つまり、ゆきさんじゃなくて、ゆうきさん?」
「……はい。自己紹介をする時、いつも“ゆうき”って名乗るんですけど。皆、“ゆき”って呼ぶので。小学生の頃は訂正していたんですけど。いつも間違われるから面倒になっちゃって。だから“ゆき”でいいやって諦めてたんです。でも、高橋君には……“ゆうき”って知っていてもらいたいなって」
「そっか。分かった」
「元気で」
「“ゆうき”さんも」
俺が早速正しく呼べば、鈴木さんはとても嬉しそうに、はにかんだ笑みを浮かべた。
「「また」」
2人、声が揃った事にお互いクスクス笑ってーー
握手が離れて、俺は第3図書室から出る。振り返らずに。少しして、背後から音がした。きっと鈴木さんも第3図書室を出たんだろう。
鈴木さんと知り合ったのは、短い期間だったのに、俺の中で色々有った時だからか、とても俺の中で存在が大きくなった人。
夏休みが明けたら、第3図書室に鈴木さんは居ない。
でも、代わりに。
そっとポケットにしまった鈴木さんの連絡先が書かれた紙を上から触る。
ーー今度は、いつでも連絡が取れる。
これから先の事なんて、鈴木さんには解らない。
俺だってもっと解らない。
でも。
多分、鈴木さんに会えた事はきっと俺にとって意味がある事だって、俺は思うから。
俺と鈴木さんとの関係に変化が有った時は、また鈴木さんに会えるんじゃないか、と俺は思いながら、着替えて遅刻ギリギリで部活の仲間やマネージャーの有希が居るグランドに駆け出した。
ーーその時は「由紀さん」って正しく呼んで話をしよう。
(了)
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