見られたくない時に限って人に見られる

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「名前は鈴木」 「鈴木、は名字でしょ? 下の名前は」 「由紀」 「えっ……」 「嘘じゃないわよ。鈴木由紀っていうの」  ゆき、は、俺の彼女と同じ名前。目の前の鈴木さんは由紀と漢字を書く。俺の彼女は有希という字。そうか。同じ名前の人だっている、よな。 「だから名前を教えなかった?」 「彼女と同じ名前って嫌だという人も居るらしいから。高橋君がそういう人だったら悪いなって」 「そうか」 「それから、珍しいって言葉の意味だけど。この第3図書室って、校舎から離れているから普段はあまり使われないの。蔵書も第1第2より少ないし。テストの時くらいよ、大抵来る人って。ああ、いえ、違ったわ。偶にだけど人が来ない事を知って、イチャイチャしに来るカップルがいるわね。キスくらいまででやめてもらっているから助かるけど」 「見てるの?」  キスくらいまででやめてもらっているという言い方が気になって尋ねれば、首を振る。 「見ないわよ。相手に悪いわ。そうじゃなくて。声が聞こえるの。キスしたい、みたいな。だからその声が聞こえて来たらわざと音を出しているの。大抵は皆驚いて出て行くもの」 「出て行かない人もいる?」 「誰かいるのかって問われるから、カウンターにある電話を鳴らすの。知ってる? アレは内線だけでなく、緊急時に外線も使えるの。だから外線用の番号が有るのよ。その番号をスマホで鳴らすと驚いて去って行くわね。ちなみに何かあった時用の外線だから、カウンターにきちんと外線番号が書かれているのよ」 「悪い人だね」 「学校でイチャイチャする方が悪いと思うわ。でもまぁ偶にだから、先生方には黙っているけどね」  鈴木さんは、それ以上は何も話す事は無いとばかりに緩く頭を振って、それから先程閉じた本をまた開いた。これ以上は何も尋ねるな、とばかりに拒絶の意思が無言だけど感じられる。  でも気になったから、最後にもう一つだけ。  そう思って口を開いた。 「鈴木さんは、いつも此処にいるのか?」 「ええ。そうよ。だって此処は文芸同好会の部室みたいなものだもの」  文芸同好会。どうやら彼女はクラブ活動をしている、らしい。他に会のメンバーがいないけれど。今度こそこれ以上話しかけるな、という拒絶オーラを感じて俺は渋々第3図書室から去る。本当に俺が泣いていたなんて誰にも話さないのだろうか。  疑いが次々と脳裏を過ぎる。それでも俺は彼女を信じるしかなくて。内心不安に思いつつも帰途についた。……そういえば、初めて部活をサボってしまったかもしれない。  だが。 「あんな姿を見ても普通に生活なんて出来ない」  俺はポツリと言葉を発して……あの時見た光景を記憶から消そうと努力していた。
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