見られたくない時に限って人に見られる

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 それを見たのは偶然だった。  昨日は日曜日。学校にて部活。だけど昨日の朝、母さんから「おじいちゃんが転んで足を捻挫したらしいから、お見舞いに行くわよ」と言われ。高校生になって2年目を迎え、普段から部活でなかなか顔を見せていなかった俺は、こういう時くらいは顔を見せる方がいいかと思って、顧問に許可を得て早退する事になっていた。  マネージャーでもある幼馴染みで彼女の有希は、昨日は部活の買い出しで午後から休みを取っていた。ちなみにじいちゃんの件は有希に話そびれていた。家は近所だからじいちゃんの所から帰って来てからでも話せばいいや、と思って車で30分程の距離のじいちゃん家へ、母さんの運転する車の後部座席から外をボンヤリ見つめていた。  「あら。あれ、有希ちゃんじゃないかしら」  母さんが不意に呟いた。前方に有希が見えたらしい。俺はそちらへ意識を向けてーー見えた光景に愕然とした。 「あらあら有希ちゃんってば、カレシ作ってたのねぇ。直人も早くカノジョ作って母さんに紹介してね!」  母さんの呑気な声が耳に届くが、理解はしたくない。  お互いの親には内緒にしていたが、俺と有希は付き合っている。有希の彼氏は俺で。俺の彼女は有希で。ちょっと大人っぽく表現するなら恋人同士、だ。  じゃあ、今、反対車線の向こうにある歩道で、腕を組んでいるのは誰だ?  間違いなく有希だ。  有希は母さんの車に気付いてないし、ましてや俺が乗っている事にも気付いてない。俺に見せるいつもの笑顔で隣の男ーー有希のクラスの秀才・井尾篤樹の腕に腕を絡ませて寄り添って歩いている。  なんでだよ、有希。  どういうことだよ。  井尾と腕を組んでいるってどういうことだよ。  井尾だって俺と有希が付き合っている事を知っているだろ⁉︎  有希は、今日、部活の買い出しだったはずだろ⁉︎  だから午前中だけだったんじゃないかよ!  ーーそれに、その、笑顔は、俺だけに見せる特別なものじゃ無かったのかよ。  思考がグルグルと回り、胸がモヤモヤして吐き気が凄くて、思わず口を押さえて後部座席の背凭れに寄りかかる頃には……もう2人とはとっくにすれ違っていて。  今、見た光景は見間違いじゃないか、と何処か他人事のようにボンヤリと思う。けれど。現実は残酷だ。 「ねぇねぇ、直人。有希ちゃんのカレシって誰だか知ってるの? 同じ高校?」  ……母さんから無邪気な質問をされてしまい、俺はコレが現実だ、と知ってしまった。なんで、母さんってこういう時に限って、俺の心を抉って来るんだろうな。イライラしつつ「知らね」と素っ気なく返して。母さんは「あらあら。何をイライラしているのかしらね」と笑いながら、それ以上何も言って来なかった。  じいちゃんの捻挫の見舞いをした後、帰宅した所に有希から『部活終わったよね、お疲れ様』ってメッセージが届いた。あんな光景を見なければ、いつも通りの有希である事に何の疑問を持たなかっただろう。  という事は。  少なくとも有希にとっては、俺とのやり取りは、普段通りの事なのだ。  普段通りに出来てしまうくらい、有希は今までも井尾に会っていたのだろうか。それともあんなに寄り添っていたくせに普段通りと変わらないくらい、大した事じゃないのか。有希にとっては、浮気にもならないような行動だったのだろうか。  だけど。  俺は見てしまった。  知らなかった事にはならない。  浮気で有っても浮気で無かろうとも、只の友達関係では腕を絡ませて寄り添っては歩かない。  俺はこの事を有希に問うべきなのだろうか。  結局、色々イロイロ考えても答えが出ないから、俺は有希に問う事をやめてしまった。
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