見られたくない時に限って人に見られる

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 そして今日。有希といつも通りの時間に登校するのがちょっと辛くて、支度が遅れそうだから先に行ってくれ、とメッセージを送って1本遅い電車に俺は乗った。だってあんな光景を見ておいて、有希の顔が真面に見られるわけがない。  朝練はそんなに長い時間じゃないから乗り切れたし、有希とはクラスが違うから放課後までは何とかなった。だけど。部活に出る勇気が出なくて何処か1人になれる所をフラフラと歩いていた。家に直ぐに帰る気にもなれなかったから余計だ。そうして第3図書室の存在を思い出して、其処なら試験期間じゃない今なら人が居ないだろう、と思って第3図書室にてボンヤリしていた。  あの光景を思い出してーー気付かないうちに泣いていたら、鈴木さんに見られていた。名前を名乗られて、何となく同い年に居たな、と思い出す。なんだっけ。あまり噂に上らないような子だったけど。中学の時に書いた読書感想文が、何かの賞を取ったとか、なんとか。そんな噂で名前を聞いた気がする。  そういえば、文芸同好会の一員みたいだし、第3図書室をいつも利用しているみたいだったし、本棚に隠れて見えなかった長机に当たり前のように座る姿を見ても、なんだか納得いく噂に思えた。真っ直ぐな髪の毛は肩までの長さで、視力が悪いのかメガネをかけていて。開いた本を読む伸びた背筋は、どことなく育ちの良さが垣間見えた。……俺の勝手な想像だけど。  おとなしそうな外見だけど、余計な事は言わない所とか、俺が泣いていても理由も尋ねて来ないのにタオルを貸し出してくれる所は、多分優しい子なんだろうなって思う。こっちの事情にやたらと踏み込んで来ない所は好ましい。でも、差し出すのがハンカチじゃなくてタオルなのは、不思議に思えた。……ああいう時って、普通ハンカチじゃね? 俺がその立場ならハンカチを差し出しているはずだけど、な。  ちょっとだけよく分からない子だったけど、そのせいか少しだけ、笑えた。その時だった。メッセージを受信した音が聞こえた。表示されているのは有希個人からのもの。 『部活に来ないの?』  という内容。そちらは無視して顧問には直接祖父の様子を今日も見に行く、と嘘をつき、部長にもメッセージで謝っておいた。……少し元気になれてもまだ真面に有希と顔を合わせられる気持ちにはなれなかった。そのまま重い足取りで帰宅して。いつの間にか寝てしまったらしい。母さんの「具合が悪いの?」という掛け声で目が覚めた。  少し体調が悪いと言っておいて夕飯も要らないと伝える。母さんが「病院行く?」と騒ぎ出したから「寝てれば大丈夫」と答えた。母さんはそれ以上何も言わなくて俺に「よく休みなさい」と。こんな時、親って煩わしくて。でも有り難いって思った。  スマホには有希から部活の伝達事項と返信が来ない事への不満が綴られていたけれど。俺への気遣いはなかった。  いつからだっただろう。  俺が忘れ物をしたら笑って次は忘れないでね、と言いつつ教科書を貸してくれていたのに。  俺が少し寝坊して待ち合わせ時間に間に合わなければ、寝坊なのか、それとも違う要因なのか心配して連絡をくれていたのに。  何もなくたって、俺がメッセージを送れば直ぐに返信が来ていたし、落ち込んだら励ましてくれていたのに。  気付いた時には今朝のように遅れる事を連絡しても「分かった」だけ。忘れ物したら「また?」と溜め息。こうして部活を休んでも体調を気遣うメッセージなんて無くなっていた。  受験が終わってから付き合い出したけど、長い所為で飽きられたのか。それとも、こんなだらしない俺だから飽きられたのか。いつの間にか、有希からのメッセージも直接の言葉も俺に寄り添う一言は無くなって、ただ不満だけになってた。
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