見られたくない時に限って人に見られる

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 あっという間に放課後になって、俺は第3図書室へ足を向けた。鈴木さんの存在が頭を過ったからなんとなく。もしかしたら勉強する人達が居るかもしれないな……と思いながら横へドアをスライドさせれば、まだ誰も居ない。月曜日の鈴木さんは本棚の向こう側だったから、とそちらへ足を向ければ、姿勢良く勉強をしているのか教科書とノートに向き合う姿が目に入った。 「鈴木さん」  邪魔をして悪いとは思いつつ、声をかければ彼女はノートから俺に目を向けて、少しため息をついてから、また席へ導いてくれた。 「ありがとう」  礼を述べても彼女は何も言わない。尋ねて来ないし、世間話すらしないようで無言で教科書とノートにまた視線を向けていた。 「勉強の、邪魔をして悪いんだけど。話をしても、いいかな」 「邪魔だと解っていても話すのであれば、それは邪魔をしてまで話す価値が有るわけですね?」  うわっ。キッツイな。  そう思ったけれど。有希と同じ“ゆき”だからなのか、それとも此処で俺が泣いている事を見られてしまったからなのか。  鈴木さんに聞いて貰いたかった。多分、約束通り月曜日の事を黙っていてくれているから、だろう。 「有希さ、俺じゃない男と腕を組んでいたんだよね、日曜日」  いきなり俺がディープな話をするとは思わなかったのか、鈴木さんは教科書とノートから目を俺に向けて……その表情は驚きに満ちていて。なんだかちょっとだけこの子も驚く顔なんて出来るんだなって可笑しかった。 「それでさ、俺が悪い所有ったんだろうなって思いながらも結構ショックでさ。だから泣いてた」  可笑しかったけれど、笑うつもりもなくて。返事や相槌が欲しいわけでもないから続ける。 「それは、そう、でしょうね」  鈴木さんは有希が浮気っぽい事をした事を責めるわけでもなく。俺の何処が悪かったのか尋ねて来る事もなく。ただ、俺の泣きたい気持ちを認めてくれた。それがなんだか俺は無性に心地良くて。 「どうぞ」  気付けばまたタオルが差し出されていた。どうやら俺はまた泣いていたらしい。受け取って、涙を拭ってからそのタオルをじっと見た。 「なんでタオル?」 「……私、本を読んでいて泣く事があるのですが。父が、そんな私に。ハンカチやティッシュで拭うのも追い付かないくらいお前は泣くから、タオルでも持ってろ、と。それ以来、泣く時はタオルが必需品なんです。どんな内容の話か解らない本を読むので、いつ泣いても良いようにタオルは持参してます」  淡々と説明しながらも、父親との思い出を語る鈴木さんは、目と口を軽く緩ませて。多分父親が好きなんだろうな、と俺は思えた。 「なる、ほど。それで、タオル、か」 「ハンカチは手拭き用なんです」 「そっか」  ただそれだけの会話なのに、なんだか今朝の有希との会話でのすれ違いで生まれたモヤモヤがスッキリした。 「なんだかさ、有希とすれ違ってて。モヤモヤしていたんだけど。鈴木さんと話してて少しスッキリした」 「そう、ですか。……すれ違っていると思うなら、話す事をお勧めします。感情を抑えて冷静に話す事も大切ですが。本当に大切な話なら、感情を曝け出すのも大切か、と」  俺がよっぽど情けなく見えたのだろうか。  鈴木さんが、ちょっとだけ親身になった声音でそんな事を言う。友人ですらない俺なのに。鈴木さんは俺の存在を知っていた。だけど、俺は月曜日まで彼女の存在なんて知らなかった。そんな俺に、鈴木さんはそんなアドバイスをくれる。  きっと、根は優しい人なんだろう。 「ありがとう」 「いえ」  俺の礼に呟くように応えて、彼女は俺の存在を忘れたように教科書とノートに視線を向けた。
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