見られたくない時に限って人に見られる

8/8
前へ
/24ページ
次へ
「鈴木さんは」  何を尋ねたいのか俺自身が解らないまま、彼女に呼びかける。彼女はまた真っ直ぐに俺を見て言葉の続きを待ってくれている。この時にふと気付いた。  有希と会話している時、こうしてお互いの目を見て話す事をしていただろうかって。  高校に入ってから、全然記憶に無い。  高校に合格した日、有希から告白されて俺達は付き合い出したのに。  俺が妙に照れ臭くて、有希と視線を合わせなくなってた。それでも有希と付き合っている事は噂になっていたし、それを否定はしなかったけど。  こういう所ももしかして、有希から愛想を尽かされる原因だったのか。 「高橋君?」 「あ、あのさ。文芸同好会って言ってたけど。他に会員は」 「ああ……居ないんです。私が入学するのと入れ替わりで同好会の先輩方は卒業されてしまって。私1人」 「えっ、あ、なんかごめん」 「いえ、謝ってもらう事では無いので」 「……何の勉強しているか尋ねても?」 「物理です。よく理解出来ないので」 「あー、俺も苦手。明日から、一緒に勉強してもいい、かな」  ここまで言ってハッとする。俺、何を言ってるんだろう。友人でもない関係なのに。月曜日まで彼女の存在すら知らなかったのに。……ばかだ、俺。  鈴木さんが怪訝そうな表情で首を傾げる。そうだよな。殆ど知人レベルの俺と勉強なんてしたくないよな。そう、思ったのに。 「苦手な人同士で仲良く勉強をしても理解出来るとは思えませんから、別の方と勉強をするべきでは?」  鈴木さんは予想外の返事をしてきて、俺はちょっと言葉に詰まった。「なんであなたと勉強を?」とか、そういう類の言葉だったら「ごめん、冗談」みたいな切り返しが出来たのに。瞬きをして鈴木さんを見る。  鈴木さんなりの冗談なのか、それとも此方を気遣う優しさだと思ったのに、心底不思議そうに首を傾げて俺を見てる。  ……ああ、なんか、いいな。この真っ直ぐな目。  不意にそう思って……俺は声を上げて笑った。鈴木さんは急に笑い出した俺を、益々不思議そうに首を傾げて見ている。ーー有希と井尾のあんな姿を見てからこんな風に笑えたのは、初めてだ。  今まではくだらないやり取りで、部活仲間や友人達といつも笑い合っていたから。なんだか凄く久々に笑った気がした。ちょっとした事で笑える日常が意外と俺にとって大切だったんだって知った。鈴木さんには感謝だ。 「そう、だよな。じゃあさ、他の教科で勉強会をやろう」  鈴木さんは彼女がいるのに?  なんて野暮な事は聞いてこなかった。  俺が話さないから尋ねる事もしないみたいで。それが居心地が良い。鈴木さんは、軽く溜め息をついて。 「いつも此処に居ますから」  そう、返事をくれた。了承だと思った俺は、「じゃあ明日からよろしく」と笑って帰ることにした。  俺自身が解ってる。  有希に勉強はどうする? と尋ねて、曖昧に返事をされた時点で、きっと一緒に勉強なんかしないって事を。  井尾とやるのか、友人達とやるのか。それは知らないけど。俺は逃げている。有希と向き合う事に。井尾と勉強をする、と言われる事に。だから咄嗟に都合良く鈴木さんを使った。  俺が泣いていた理由を尋ねて来なかった鈴木さんだから。きっと今度も尋ねないって思って。実際その通りで。だから俺は鈴木さんと勉強会をする、という口実で有希からも、問題からも逃げる事にしたのだ。都合良く使われた鈴木さんに罪悪感は有るけれど。でも何も聞いてこない事で、俺は鈴木さんに救われているから。  どうか、このまま何も尋ねないでいて欲しい。  先延ばしにしただけの問題を、俺は敢えて気付かないフリをした。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加