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6月の1番最後の週末。
ある男とある女は、木のぬくもり溢れるナチュラルなチャペルで永遠の愛を誓う。
女のお腹には小さな命が宿っている。純白のマタニティドレスを纏うはずだった。
式の1時間前、新郎の控室にて。
男は扉の隙間に挟まっていた紙切れに戦慄し、ブルブル震えていた。紙がピリピリと震撼する。
〝結婚おめでとう!でも、あなただけ幸せになるってあんまりじゃない?
アスカ〟
「アスカ……」
紙切れに挟まっていた白いシロツメクサを眺めながら、男はある事を思い出し深いため息を一回。
「アスカは半年ほど前に亡くなったはず。どうして……?誰かのイタズラ?」
男は、胸元に飾られている色とりどりの花を撫で、その紙をゴミ箱の上で切り裂いた。頭を抱えながら、ソファーへ深く腰を掛けた。
新婦控室の扉を叩く女がいる。
ドン!ドン!
何も知らない女は扉を開ける。
そこには、シロツメクサを胸いっぱいに抱えた黒髪の女。真っ黒い喪服を着ている。
「あの、どちら様ですか?」
前髪から覗く切長の瞳が、白いドレスの女を映し出す。
「新郎の親友のアスカです。本日はおめでとうございます!」
黒髪の女は真っ白い花を女へ渡す。
「ありがとう」
女はその花たちを受け取り、目を細めて微笑む。色白の顔に描かれる少しだけ赤い三日月。オーロラに輝く胸元と耳元。
黒髪の女は不気味な笑みを浮かべながら、純白のドレスの端を愛しそうに撫でる。
「私も着たかったな……神聖な場所であの人と一緒に永遠の愛を誓い合って」
「え?」
「私たち結婚する約束をしていたのよ?でも、私じゃない女を選びやがって。私は悲しみの余り、ドレスを着て彼に会いに行こうと必死だったの。でも……」
黒髪の女は、女の少しだけ大きな腹部に指を添わせながら、左太もものラインまで指先をなぞっていく。ドレスを捲り上げると、あらわになった白い足に触れて呟く。
「綺麗な左足ね」
温かみあるチャペルの中、男は震えた手のひらを必死で抑えながら、女を待っていた。背中から流れる冷たい汗。額から溢れる脂汗を拭う。
ガチャ
ダークブラウンの扉が真ん中からゆっくり開くと、陽の光がパーッと空間を包み込む。
同時に上がる悲鳴。
その光景は地獄図。
赤く染められたドレスの女は、体を引き摺りながらバージンロードに右足だけを踏み入れる。
その女の髪色は紫黒。
右手には茶色の髪色の頭部を握り締める。
指の間から毛先が漏れる。
それを引き摺ると、バージンロードに赤い赤いラインが描かれる。
左手には千切れた白い左足とレバーみたいな胎児。細くて美しい輪郭から落ちた白いヒールと赤い斑点。レバーからは生臭い管が垂れる。
黒髪の女は男に歩み寄る。
髪を振り乱しながら、
右足だけで、
赤い直線を描きながら。
「やっと、会えたわ」
目の前には尻餅を付いて震える男。
「あなたに別れを告げられたあの日、私はドレスを着たまま電車に轢かれた。そして、左足だけ千切れて行方が分からなくなったの。でも、代わりの足をやっと見つけた」
黒髪の女は血塗れの左足を、ステンドグラスの天窓に掲げ、微笑んだ。
胎児がドロリと床に落ちる。
ガラスの虹色が蒼白い肌に映り込んで美しい。
「綺麗な左足ね」
完
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