1-1 ぺったんこ

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1-1 ぺったんこ

この世界──リアリテ大陸は、ここ数百年ほ間だいたい平穏だった。  昔話にあるように怪しげな魔王や魔物が出現することはなく、せいぜいどこかの村が勝手に貯水池の水を使ったとか、どっかの大臣が公金を横領して愛人に貢いだとか──そんなトラブルが勃発するぐらいであり、人々は概ね平和に生活を営んでいたのである。  そして──今。ここ、フィルマード王国の街角で。  どこの国でもよく見かけるような光景が繰り広げられていた。 「……おい、ぶつかったおかげでメガネがこんなに曲がっちまったぜ。どうやってこの落とし前つけてくれるんだ? ん? 姉ちゃんよぉ──」 「へっへっへ……ちょいとそこまで付き合ってもらおうか?」  個性の乏しい台詞を口にしながら二人組の男が、ニヤニヤしながら女を左右から取り囲んでいた。  追いつめられてフラフラと下がった女の背中がトン! と石壁に当たる。  取り囲まれている女は年の頃は二十歳前後。  銀髪ロングヘアの美少女だ。ハイネックの仕立ての良いワンピースを見事なまでの双丘が押し上げ、華奢な手足がすらりと伸びている。  その整った顔には何故か紫色のクマがうっすらと浮かび、緊張と恐怖のためか異様に青ざめているように見えた。 「ちっ! 追っ手(ハンター)じゃなくてただのゴロツキか──」  女は小声で吐き捨てるように言ったが、男たちの耳には届かない。 「ん? 何か言ったか? まぁ、大人しくしといた方が痛い思いをせずにすむぜ……」  ニヤニヤとした笑いを浮かべながら赤髪の男は女の豊かな胸に手を伸ばす。 「そうさ。俺たちは優しい男だからなぁ──くくくっ、それにしても良い身体してるな、おい……」  もう一人の男も女を羽交い締めにしようと歩を進めた。 「そいつはやめておけ──ペッタンコだ」  突然、降ってきた声に男たちはピタリと動きを止める。 「何だ?」 「誰だ! 出てこい!」  二人の男は腰の剣を抜き放つと慌てて回りをぐるりと見回した。  ──人影はない。 「街中でそんなものを振り回すなよ。物騒だなぁ……」 「そこかっっ!!」  赤髪の男が頭上に向かって手にした剣を投げつけた。 「ふんっ」  梢に腰かけていた影が立ち上がり、それを優雅に跳ね返した! かと思うと──。  バキィィィィィッ!!  どべちゃっっっ!!  太い枝とともに地面に落下した。 「痛ってぇ……っ!!」  どうやら小枝が尻に刺さったらしい。  地面を転げ回って悶絶しているのは、旅装束の若い男。 「か、カッコ悪っ──」  その姿に銀髪の美少女は思わず口元をひくつかせた。 「おわぁぁぁぁっ! これ、一張羅なのにっ! 破れちゃったじゃないかっ!!」  ギャーギャーと今度は一人で叫び出す若い男の前に、 「なんだお前、俺達を邪魔するとはいい度胸じゃねーか。あぁん?」  いかにもチンピラ然とした二人組がふんぞり返る。 「うぜぇ。雷球(サンダーボール)!!」  バリバリバリ───ッ!! 「……ほげぎゃっ!!」  若い男の手から電撃が迸り、一瞬で黒焦げになる男たち。  シュウシュウと頭から白い煙を出し、白目を剥いて倒れている二人組を見て、銀髪の美少女は驚嘆の声をあげた。 「まさか! アンタ、魔道師なの!?」 「……あー、これ。またいくらかかるんだろう。フィルマードの魔道具店はぼったくりなんだよなぁ──はぁぁぁ。もう今月ピンチなのに、クソッ!」  女の問いは答えず、尻をさすりつつ若い男は立ち上がる。 「……待った! 美女が声をかけてるのに無視かいっ!?」  ムッとして女は男のマントの端をひっつかんだ。 「おい、やめろっ! 余計に破れるっ!」 「──マントぐらい縫ってあげるわよ。それも無料(タダ)で」 「なにぃぃぃ? それは本当か!? ……でもこれ、魔道具(アーティファクト)だぞ?」 「良いわよ。あたし、こう見えて魔道具を扱ってるの。縫うぐらい簡単だわ」  女の言葉に若い男はパァッと顔を輝かせる。 「マジか!? タダでいいんだな? ここまでは無料だけど、実は追加オプションだからっていつものように大金をふっかけてくるのはなしだぞ?」  急に思い出したように警戒する男に女は呆れたような視線を向けた。 「──アンタ、そんなしょっちゅうカモられてるの……?」 「あぁ、たいてい道を歩いてると親切なねーちゃんがタダで飲み食いしていいよ、って店に連れてってくれるんだが──最後には店の奥からヤバい値段の領収書を振りかざしたゴツい奴らが出くるんだぜ?  おかしな世の中だと思わないか?」 「……世の中、タダで飲み食いできる美味しい話なんてないわよ? おかしいのはそんなものにアッサリ引っかかるアンタでしょ」 「そうなのか?」  驚いたように振り返る男のマントをつかむと女はさっさと歩き出した。 「さて。ここには道具がないから(うち)まで来てくれる? ええとあたしは──シオン。アンタは?」 「俺はタイラ。よろしくな、ペッタンコ」  タイラと名乗った男は人懐こい笑顔をシオンに向けた。 「……さっきからアンタ、ずいぶんと失礼じゃない? 初対面の女にペッタンコペッタンコって──」 「あぁ、だってそれ。詰め物だろ? あいつらは騙されてたけど、俺の目は誤魔化せないぜ。だいたい揺れかたが不自然なんだよ。ほら、なんか硬いしさ……」  タイラは真面目な顔でシオンに近寄ると、見事に盛り上がった胸の先を指先でツンツンした。 「──こっのぉ、変態っ!!!」  反射的に繰り出されたシオンの右ストレートがタイラの顎に綺麗にヒット! 「ハガッ!!」  そのまま後ろにひっくり返って動かなくなったタイラの襟首をシオンはため息をつきながら掴んだ。 「さてと。まさかこんなところで魔道師と会えるとはね。……とりあえず、ちょっとアホっぽいけど──まぁ当面、こいつで我慢するしかないか」  やつれ気味の口元に意味ありげな笑みを浮かべると、シオンはズルズルとタイラを引き摺りながら街並みの中に姿を消したのだった。
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