一章     5

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 エレベーターのドアが開くと、ウェスリーはゆっくりと外に出た。入れ違いに小柄な男がエレベーターに入っていく。ウェスリーはそれを肩越しに見送った。  エレベーターが閉まりきるとウェスリーは煙草に火をつけた。  多動的な衝動がなくなり、身体がゆっくりと弛緩していく。ウェスリーはぼんやりと駐車場を見渡した。自分たちが乗ってきた車だけ旧来以前のガソリン車で、何とも侘しい気持ちになった。だが、決してきれいに磨かれた電動カーが羨ましいとも思わなかった。それは強がりではなく本心だった。  一人の時間は貴重だった。できることなら、あと十分はこうしていたかった。  実際、ベイビーのお守りは強い精神力が必要だった。自分の腕の中にいるものが、突然体調を崩しやしないか、大声で泣き始めて周囲のひんしゅくを買いやしないか、ウェスリーのような男でも、そのような心配事を無意識のうちにしてしまう。  リンダが赤ん坊のとき、ウェスリーはそんな心配をすることはなかった。それは赤ん坊に無関心だったことを意味しない。バーバラがその手の心配事を一手に引き受けて、ウェスリーはただ赤ん坊の機嫌を取っていればそれでよかったのだ。  ウェスリーは煙草を吸い終わるとふと嫌な気配に気が付いて振り向いた。エレベーターは地下三階のまま一度も動いていない。とすると、先ほど中に入った男は扉一枚隔てた向こうでまだじっとしているということだ。  よほど新聞の内容が面白いのか、何か理由があるのか。  ウェスリーはその瞬間、自分を取り巻く環境が一触即発の緊張感を孕んでいることに気がついた。  入り口に右手の電動カーはウェスリーの方からは死角となり、前のタイヤしか見えていない。  それは幸運なことだった。三人の男からはウェスリーは全くの死角になっていたからだ。  ウェスリーは銃を抜くと、エレベーターのボタンを押した。無機質な高音とともにゆっくりとドアが開く。小柄な男は驚いた眼でウェスリーを見ていた。 ウェスリーは銃を向けたまま男に近づくと、グリップで男の顔面を殴りつけた。怯む男の首に再度銃を打ち付ける。 「死ね!! 死ね!!」  尋問や交渉の余地はなかった。彼が善良な市民であってもウェスリーは気にしなかった。  エレベーターから男を引きずり出すと、顎に追い打ちを食らわせて、エレベーターのドアを閉じた。  一階についたウェスリーはエレベーターを降りると走り出した。玄関ホールではパトスが腑抜けきった顔で、義理の兄弟をあやしている。 「敵に見つかった。逃げるぞ!!」  パトスは血相を変えて、ベイビーを抱き直すと、モンローの手を握った。 エントランスから外に出た二人は往来を走る電動カーを止めると、中に居た婦人を追い出した。ウェスリーはその際、警官バッジを見せることもなければ、身分を明かすことすらしなかった。ほとんど自動車強盗と変わらない手際の良さで、婦人を引きずり出した。
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