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運転席にはパトスが座り、助手席にモンロー、後部座席にはウェスリーが座った。車が発信する直前、駐車場の入り口から敵の車が上がってくるのが見えた。
「手動に切り替えろ!!」
ウェスリーが叫んだ。パトスは空間に映し出された仮想パネルを操作し、行き先を指定しようとしていた。
「すぐ終わる!!」
「馬鹿野郎、良いから手動に切り替えるんだ」
ウェスリーは後ろからスイッチに手を伸ばし、自動操縦機能をオフにした。自動操縦機能は交通法を守るためのプログラムがあり、スピードも制限されている。追手の車との距離はみるみる狭まっていった。
「センサーが酒精を感知しました。手動での操縦は許可できません」
ハンドルの脇から機械的な音声が流れ出た。昨晩から早朝にかけての深酒で、アルコールは未だにパトスの体内を駆け巡っていた。
「おい、いつの間に酒なんか飲んだんだ」
「あんたが現れてからは一度も飲んでいない! あんたが運転しろよ」
「俺がシラフならお前に頼むか?」
パトスは呆れたように天を仰いだが、何かを閃くと慌ててシートベルトを外した。
「モンローに運転させよう。彼女は素面だ」
隣に座っていた類人猿に白羽の矢が立った。
「馬鹿言うな。猿が運転なんかできるか」
「できるさ。彼女はすぐに運転を覚えるね」
パトスはモンローを運転席に立たせると、彼女の代わりにシートベルトを閉めてやった。そして、自動操縦機能をもう一度オフにした。パトスは助手席から足を延ばしてアクセルを踏んだ。
「自動操縦機能をオフにします。安全に気を付けて運転してください」
機械的な音声と共に、ハンドルが軽くなる。
「いいか、モンロー。こっちにまわせば、右に、反対だと左に動くんだ」
パトスはアクセルを踏んで速度を上げながら、ハンドルを握るモンローの手に自分の手を添えた。
「こっちを見るんじゃない。そう、前を見るんだ。いいか? 何かにぶつかりそうになったら、ハンドルを回して、避ける。簡単だろう?」
「キー」
モンローが短く声をあげた。
「ほら、前の車を抜くんだ。ハンドルを左に切ってみろ」
助手席からアクセルを踏むパトスは、ハンドルを左に切ることが難しかった。やろうと思えばできなくはないが、身体を沈めている分、視界も悪くなる。時速六十キロで車を走らせながら、素早く障害物に対応できるのは、運転席に立つモンローしかいなかった。
「教習所で務めた方が良いんじゃねえか?」
ウェスリーは後方を確認しながら言った。敵の車は後方数メートルまで迫っていた。助手席の男が窓から身を乗り出し、マシンガンを構えた。
「転職を考えようかな」
「おい、撃ってくるぞ。右に曲が――」
ウェスリーの台詞はガラスの割れる音にかき消された。リアガラスには無数の穴があき、ウェスリーは縋るような声を出し、身をかがめた。
「モンロー、曲がるんだ」
パトスはブレーキペダルを踏みながら、ハンドルを右に切った。角の電柱に車体を擦りながら、車は何とか曲がり切った。
「モンロー、ハンドルを戻すんだ。そう、分かってるじゃないか」
聡明な少女は言われるまでもなく、ハンドルを傾けていた。
「おい、トラックが曲がってきたぞ、避けろ!」
モンローはびくっと身体を震わせた後、ハンドルを傾けた。トラックの車体とぶつかり、サイドミラーが砕けた。
「命令口調は人を萎縮させるんだぞ。言葉には気を付けてくれよ」
パトスはモンローの手の甲を撫で、ウェスリーを睨んだ。
「猿に向かって、どうか避けてくださいってか?」
「あんたも後ろで喋ってないで、反撃したらどうなんだ」
二人が目を離している隙にも、モンローは言われた通り、ハンドルを戻していた。
「言われなくてもやるつもりだ」
ウェスリーは拳銃のグリップで窓ガラスを打ち破った。そして、残ったガラスの破片を足蹴にして取り除くと、慎重に顔を出した。
「ひぃっ」
鼻先を弾がかすり、ウェスリーは首をひっこめた。
「出鱈目に撃ってきやがる」
「しっかりしてくれよ。こっちはあんたが頼みなんだ」
「うるさい!! テメエは猿の面倒でも見てればいいんだよ」
ウェスリーは体勢を変えて、窓から腕を出すとリアガラスを見ながら引き金を引いた。極度の緊張感と激しい怒りが脳内で音を立ててぶつかった。ひらめきが指先に伝わり、銃弾をはじき出した。ウェスリーは運転席の男も、助手席の男も狙わなかった。
銃口から飛び出した弾は、フロントガラスに刺さり、視界を真っ白に染める無数のヒビを作った。運転席にいた男は咄嗟にハンドルを切って歩道に乗り上げた。オフィスビルの壁にぶつかり車は煙を上げて停止した。
「ヒュー!! やったぞ!」
パトスが爽やかに拳を振った。
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