一章     5

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 運転席にはパトスが座り、助手席にモンロー、後部座席にはウェスリーが座った。車が発信する直前、駐車場の入り口から敵の車が上がってくるのが見えた。 「手動に切り替えろ!!」    ウェスリーが叫んだ。パトスは空間に映し出された仮想パネルを操作し、行き先を指定しようとしていた。 「すぐ終わる!!」 「馬鹿野郎、良いから手動に切り替えるんだ」    ウェスリーは後ろからスイッチに手を伸ばし、自動操縦機能をオフにした。自動操縦機能は交通法を守るためのプログラムがあり、スピードも制限されている。追手の車との距離はみるみる狭まっていった。 「センサーが酒精を感知しました。手動での操縦は許可できません」  ハンドルの脇から機械的な音声が流れ出た。昨晩から早朝にかけての深酒で、アルコールは未だにパトスの体内を駆け巡っていた。 「おい、いつの間に酒なんか飲んだんだ」 「あんたが現れてからは一度も飲んでいない! あんたが運転しろよ」 「俺がシラフならお前に頼むか?」  パトスは呆れたように天を仰いだが、何かを閃くと慌ててシートベルトを外した。 「モンローに運転させよう。彼女は素面だ」  隣に座っていた類人猿に白羽の矢が立った。 「馬鹿言うな。猿が運転なんかできるか」 「できるさ。彼女はすぐに運転を覚えるね」  パトスはモンローを運転席に立たせると、彼女の代わりにシートベルトを閉めてやった。そして、自動操縦機能をもう一度オフにした。パトスは助手席から足を延ばしてアクセルを踏んだ。 「自動操縦機能をオフにします。安全に気を付けて運転してください」  機械的な音声と共に、ハンドルが軽くなる。 「いいか、モンロー。こっちにまわせば、右に、反対だと左に動くんだ」  パトスはアクセルを踏んで速度を上げながら、ハンドルを握るモンローの手に自分の手を添えた。 「こっちを見るんじゃない。そう、前を見るんだ。いいか? 何かにぶつかりそうになったら、ハンドルを回して、避ける。簡単だろう?」 「キー」  モンローが短く声をあげた。 「ほら、前の車を抜くんだ。ハンドルを左に切ってみろ」  助手席からアクセルを踏むパトスは、ハンドルを左に切ることが難しかった。やろうと思えばできなくはないが、身体を沈めている分、視界も悪くなる。時速六十キロで車を走らせながら、素早く障害物に対応できるのは、運転席に立つモンローしかいなかった。 「教習所で務めた方が良いんじゃねえか?」  ウェスリーは後方を確認しながら言った。敵の車は後方数メートルまで迫っていた。助手席の男が窓から身を乗り出し、マシンガンを構えた。 「転職を考えようかな」 「おい、撃ってくるぞ。右に曲が――」  ウェスリーの台詞はガラスの割れる音にかき消された。リアガラスには無数の穴があき、ウェスリーは縋るような声を出し、身をかがめた。 「モンロー、曲がるんだ」  パトスはブレーキペダルを踏みながら、ハンドルを右に切った。角の電柱に車体を擦りながら、車は何とか曲がり切った。 「モンロー、ハンドルを戻すんだ。そう、分かってるじゃないか」  聡明な少女は言われるまでもなく、ハンドルを傾けていた。 「おい、トラックが曲がってきたぞ、避けろ!」  モンローはびくっと身体を震わせた後、ハンドルを傾けた。トラックの車体とぶつかり、サイドミラーが砕けた。 「命令口調は人を萎縮させるんだぞ。言葉には気を付けてくれよ」  パトスはモンローの手の甲を撫で、ウェスリーを睨んだ。 「猿に向かって、どうか避けてくださいってか?」 「あんたも後ろで喋ってないで、反撃したらどうなんだ」  二人が目を離している隙にも、モンローは言われた通り、ハンドルを戻していた。 「言われなくてもやるつもりだ」  ウェスリーは拳銃のグリップで窓ガラスを打ち破った。そして、残ったガラスの破片を足蹴にして取り除くと、慎重に顔を出した。 「ひぃっ」 鼻先を弾がかすり、ウェスリーは首をひっこめた。 「出鱈目に撃ってきやがる」 「しっかりしてくれよ。こっちはあんたが頼みなんだ」 「うるさい!! テメエは猿の面倒でも見てればいいんだよ」  ウェスリーは体勢を変えて、窓から腕を出すとリアガラスを見ながら引き金を引いた。極度の緊張感と激しい怒りが脳内で音を立ててぶつかった。ひらめきが指先に伝わり、銃弾をはじき出した。ウェスリーは運転席の男も、助手席の男も狙わなかった。  銃口から飛び出した弾は、フロントガラスに刺さり、視界を真っ白に染める無数のヒビを作った。運転席にいた男は咄嗟にハンドルを切って歩道に乗り上げた。オフィスビルの壁にぶつかり車は煙を上げて停止した。 「ヒュー!! やったぞ!」  パトスが爽やかに拳を振った。
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