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「安心して。茅ちゃんがしたいっていうまで、俺、手出さないよ。——だから付き合って」
「手、出されてるけど」
「そういう揚げ足とるの?可愛いね、大人も」
「……るさい」
本格的に酔いが眠気にシフトする寸前、茅乃は思考回路を手離した。もう、頭がパンクしそうだ。異動も。告白も。過去も。高校生も。全てが混ざり合って黒くなっていく。
「茅ちゃん」
「……ん、」
それでも、耳元を撫でるように続いた言葉だけは、どうしてか濁らなかった。脱力した身体をしっかりと抱きかかえながら放たれた言葉は、それほどに鮮烈だった。
「誕生日、おめでとう」
……やっぱり、大した用でもないじゃない。バカ。茅乃は薄れゆく意識のなかで、何度目かもわからない毒を心の内で零した。
「知らないから」
「ん?」
ただ、代わりに喉を伝って零れたのは違う言葉だったらしいけど。
「知らないよ。青春棒に振っても」
「うん。……俺の春は、青くなくていい」
呂律の危うい身体をベッドに沈められたとき、上からぽつりと声が落ちた。覗き込むように被さる影が、どうしてか心地よかった。きっと、いい酔い具合だったのだろう。きっと。
「妥協でもいいから、カノジョになってよ」
らしくない。少しだけ震えた声に、ふふっ、と思わず笑みを零す。そして最後に手を伸ばした。
「……ませガキ」
小さい頃からずっと変わらない。タンポポの少年を僅かに残した、彼の襟足に。
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