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思わず漏れる笑み。このときばかりは、周りの視線を気にする思考よりも、優越感の方が勝っていた。電車の揺れで時折触れる肌は、見た目以上にハリが良くて少しムカつくけれど。
「で、どうしたの。もしかして、本当に体調悪い?」
愉しむのはこれくらいに、と茅乃は手を引っ込める。血色は取り戻したものの、まだ顔を伏せている彼に首を傾げ尋ねた。
「……向こうにさ」
「ん?」
「向こうに、先週告白してくれた子がいるんだよ」
「……こっ、?!」
ばつが悪そうに苦笑する霞。言われてみると、制服姿の乗客がチラホラ増えてきた。視線の先を辿り「どれどれ」と探ると、彼は無理やり視界を塞いだ。
「探るの禁止」
と、大きな手で目のあたりを覆う。茅乃はすぐにその手を払い、彼を睨みあげた。
「ちょっ、と。メイク落ちるからやめて」
「すっぴんも可愛いのに」
霞は手の甲で口を覆いながら息を漏らす。からかう元気が出てきたあたり、もう平気そうだ。
でも、なんとなく——顔を伏せていた理由は別にあるような気がして、もう一度こっそり振り向いた。
「……」
スーツとヒールと、ときどきブレザーが入り混じる統一感のない空間。満員ではなくとも、足のやり場は限られていて窮屈で、だからこそ女子高生は確かに目を引く。彼女たちの周りだけは、主にスーツを纏ったサラリーマンたちの気遣いが垣間見えていた。
しかし霞が気に掛けていたのは、その気遣いの方面ではなかった……様な気がしてならない。
「茅ちゃん。もしかして気にしてる?」
「え?」
「俺が告られた、って話」
……気のせいか。本人が言ってるんだし。
茅乃は盛大に首を振った後、颯爽と駅へ降り立った。
「今日も精々、いい青春を」
嫌味っぽく、そう言い残して。
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