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──『でもさ、真面目な話。そんなの後からいくらでも考えられるんだから。まずは気持ち。大事なのは、茅乃がちゃんと向き合うこと、ね』
別れ際に瑠璃が放った言葉を、帰り道で思い返す。妙に響いたのは、まだ向き合っていない自覚があるからなのかもしれない。
ガチャッ——。
「ただいまー」
「あれ、早いね。おかえり」
家の扉を開けると、もうすでに部屋は明るい。一週間程度でナチュラルにやりとりを交わせるようになった自分に、茅乃は少し感心しながら荷を下ろした。
「ちょっとやりたいことあって。定時で上がらせてもらったの」
「やっぱ、いつも残業してたんだ」
「まぁね……要領悪いから、私」
よし、まだご飯炊いただけね。エプロンを纏った霞の後ろを確認しつつ、買ってきた食材をマイバッグから取り出す。すると予想通り、彼は小首を傾げた。
「茅ちゃん、料理できるっけ?」
「いくら実家暮らしが長くたって、人並みには出来るわよ。バカにすんな」
軽く舌を出しながらエプロンを纏うと、霞は神妙にこちらを見据えた。
「バレンタインも手作りしたことなかったのに」
「げ、何で知ってんのよ」
正確には、手作りをしても渡せるものが作れなかったんだけど。ほろ苦い思い出を噛みしめながら、ものの数秒で長い髪を縛り上げた。
「はい、どいたどいたー」
「は……」
なんで、と言いたげな背に両手を添えて、強引にキッチンから追い出す。そして、数メートル先のソファにしゃんと座らせた。
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